代表弁護士  黒田 健二

弁護士・弁理士を目指したきっかけは何でしょうか?

高校2年生の時に自分の家が不動産トラブルに巻き込まれたことですね。父は中学校の校長もつとめた数学教師でもともとうちは理系一家なので、法律問題にはあまり詳しくありませんでした。しかも相手方には辣腕の弁護士がついていて、結局両親は泣き寝入りをすることになったのです。その時、弁護士というのはすごい職業であることを実感しました。弁護士になって、自分たちが出遭った悪徳不動産屋のような人たちから社会的弱者を守るために弁護士になろうと決めたのです。
すぐに理系から文系に転向し、高校3年生の時には司法試験の予備校に通いはじめました。その後大学法学部に進んだものの、学生数が多くて、希望する授業は抽選じゃないと受けられないし、わたしは昔からクジ運が悪かったのです。ましてや、すでに予備校に通っていて法律の基礎知識があったので、大学の授業には物足りなさを感じてしまいました。結局、自ら中退という道を選び、あえて退路を断つことを決断しました。その結果、司法試験に最年少の20歳で合格し、司法の道をスタートすることとなりました。

得意・注力している分野は、どのような分野でしょうか?

わたしは弁護士となった当初から、弁護士人生の中で、他の人にはできない専門分野を目指そうと決心しました。
それが10年後必ずや需要が増すと見込まれる、中国、コンピュータソフトウエア、バイオ、環境保護などだったのです。
国際法務は英米法が中心だった時代に、中国に照準を定めたことは、周りの弁護士からは異質に見えたかもしれません。それが2010年には、日本経済新聞の「活躍した弁護士ランキング外国法部門」において、ありがたいことにわたしは2位にランクインし、さらに1位も中国法務を専門とする弁護士という結果となりました。
今振り返ると、当初の選択は正しかったと思います。
また、現在の黒田法律事務所を設立するまでの約10年間、もっぱらアメリカで特許訴訟を起こされた日本企業をクライアントとしてサポートしてきた経験から、知的財産分野にも自信をもっています。
過去には、豊田合成と日亜化学の青色LED係争を担当し、アジアの法律雑誌によるアンケートで、知的財産分野に関して、日本の法律事務所の中でトップ10に入りました。

弁護士としてのやりがいはどういったところでしょうか?

これまで経験したあらゆる案件において、自分ならではのアイディアを出し、ほかの弁護士であればまず取らない手法を実行に移してきました。例えばある職務発明訴訟では、訴え請求前の証拠保全決定を取ってから相手方に乗り込み、最終的に億単位の発明対価を獲得しました。ほかにもLEDの訴訟では、前例のないビデオ活用を行いました。こういった斬新な手法も駆使して成果を挙げ、そしてクライアントに喜んでいただくことが、やはり一番の喜びであると感じています。

お客様との関係で一番大切にしていることは何でしょうか?

ほかにはマネのできない上質なリーガルサービスを提供することを常に心がけています。正確で迅速かつきめの細かいサービスを提供することでクライアントに満足していただくことが何より重要と考えますが、あえて言いにくいことであっても、クライアントの利益に繋がりそれが事案の本質であれば、わたしはクライアントに伝えるようにしています。さらに法律上、それが「有効か、無効か」というだけではなく、顧客側に存在する問題を発見しこれを解決するのはもちろんのこと、それだけにとどまらず、目的達成のためのアプローチを提案したいと思っています。問題解決をすることが従来の弁護士および法律事務所のあり方でしたが、「問題の後追い」ではなく、顕在する前に問題を掘り起こすようなスタイルを目指しています。
マネージャーとプレイヤーそれぞれの役割がありますが、自分自身についていえば、これからも、いちプレイヤーであり続けたいし、「黒田弁護士でなければできない」と言われる存在であり続けたい。そのためにも、自分にしかできないことをクライアントのために常に探し続けるという使命感を持っています。

黒田法律事務所の特徴をお聞かせください。

人数では中堅規模といえますが、日本人弁護士数と外国人弁護士数の比率が同じくらいで、拠点が東京以外にも上海・北京・広州・台湾とあり、外国人職員も多く在籍している、国際色豊かでユニークな事務所だと思います。
事務所経営の立場でいえば、大きくではなく、どこまで「強く」していけるかが重要だと考えています。どんな弁護士であれ分け隔てはせず、国籍も学歴も関係ありません。事務所が一丸となり、純粋な実力主義を徹底して、業務に邁進しているのです。
また、ほぼ毎月のペースで無料のセミナーを開催し、主に企業の法務や知財のご担当者様への情報提供に力を入れていることも特徴の一つといえます。