第14回 使用者からの労働契約の解除(7)~即時解除(刑事責任を追及された従業員)~
Q:上海市所在の独資企業X社は、人件費の抑制のため、一部の従業員の解雇等を含めた従業員の再編を実施しようと考えています。これにあたり、まずは経済補償金が不要である即時解除事由に該当する従業員の有無を確認したところ、以下の事実が判明しました。
従業員A:X社に入社する前に刑罰に処されたことがある旨が発覚。
従業員B:X社に入社後、今から3年前に事件を起こし執行猶予付きの刑罰に処されたものの、当時、X社の業務が多忙であったために社内でのBの処遇が保留のまま、現在まで勤務。
X社は、刑罰に処されたことがある旨を理由にA及びBとの労働契約を直ちに解除することを考えていますが、当該解除が違法とされる可能性はあるでしょうか?
A:A及びBとのいずれの労働契約についても、刑罰に処されたことがある旨のみを理由に解除した場合、違法とされる可能性があると考えます。
解説
1 即時解除事由(刑事責任を追及された労働者)
(1)使用者からの労働契約の即時解除
労働契約法(以下「本法」といいます)第39条では、事前の予告なしに使用者から労働契約を一方的に解除する場合、すなわち、労働契約の即時解除について、以下の解除事由を定めています。
①試用期間において採用条件に不適格であることが証明された場合
②使用者の規則制度に著しく違反した場合
③重大な職務怠慢、私利のための不正行為があり、使用者に重大な損害を与えた場合
④労働者が同時に他の使用者と労働関係を確立しており、使用者の業務上の任務の完成に重大な影響を与え、又は使用者から是正を求められたもののこれを拒否した場合
⑤本法第26条第1項第1号に規定する事由により労働契約が無効となった場合
⑥法に従い刑事責任を追及された場合
本件でX社が検討している労働契約の解除は、上記のうち⑥(以下「解除事由⑥」といいます)に該当することを理由にしたものです。
(2)解除事由⑥の意義について
ア 法令等における解釈
解除事由⑥は、労働法第25条においても即時解除事由として規定されています。また、同法の各条項に対する説明を加えている「『労働法』の若干条文についての説明」は、解除事由⑥の「法に従い刑事責任を追及された場合」とは以下のことを指すとしています。
【「法に従い刑事責任を追及された場合」に該当する具体的事由】
i 人民検察院から起訴を免除された場合
ii 人民法院から刑罰に処された場合(刑罰には主刑としての保護観察、拘留、有期懲役、無期懲役、死刑、付加刑としての罰金、政治権利の剥奪、財産の没収を含む)
iii 人民法院から刑法第32条に基づき刑事処分の免除を受けた場合
なお、人民検察院から不起訴決定を受けた場合は、「法に従い刑事責任を追及された場合」には該当しないことが明確にされています(「従業員が人民検察院から不起訴決定を受けた場合に使用者がそれに基づき労働契約を解除できるか否かについての労働及び社会保障部弁公庁の回答」)。
イ 考慮すべき点と裁判例における判断
解除事由⑥を理由に労働契約の解除を行う際、何点か考慮すべき点があります。
(ア) 発生時期
法令上は明確にされていませんが、解除事由⑥は、解除される労働契約の期間中に発生したものである必要があると解釈されています。つまり、雇用される前に「法に従い刑事責任を追及された」事実や前科があっても、このことを理由に労働契約の解除をすることはできません。
この点についての近時の中国の裁判例としては、労働者が2010年に人民法院から刑罰に処され、2012年に使用者と期間の定めがない労働契約を締結後、使用者が2014年に解除事由⑥を理由に労働契約を解除したという事例が挙げられます。
当該事例において人民法院は、本法第39条第6号の規定は、「使用者が労働者に対して使用者における勤務期間中に刑事責任を追及された状況を指すべきであって、双方の労働関係形成前に既に刑事責任を追及されていた状況ではない。我が国の法律は、使用者による刑の執行猶予期間中における労働者の採用を禁止しておらず、採用後は、双方の労働関係を勝手に解除することはできず、双方の労働法律関係は法律の保護を受ける」ことに言及した上で、本件事例における使用者の労働契約の解除は違法であるとしました。
なお、上記人民法院における判決でも言及されていますが、仮に労働者が過去に刑事責任を追及された事実を偽って、使用者に労働契約を締結させた場合、労働契約が無効となり、上記(1)の⑤「本法第26条第1項第1号に規定する事由により労働契約が無効となった場合」の解除事由に該当する可能性があります。
(イ) 発生から解除までの期間
法令上は明確にされていませんが、解除事由⑥を理由とした労働契約の解除は、当該事由発生後、一定期間が経過した場合には行うことができないとの解釈もあります。
この点についての近時の中国の裁判例としては、労働者が1987年に使用者と労働契約を締結後、2010年に人民法院から刑罰に処され、使用者が2013年に解除事由⑥を理由に労働契約を解除したという事例が挙げられます。
当該事例において人民法院は、本法第39条第6号は、「労働者が法に従い刑事責任を追及された場合に使用者に労働契約の解除権を与えるものであるが、当該権利は合理的期間内に行使しなければならない」とし、また、使用者が労働者において刑事責任を追及された後3年間、労働契約の解除権を行使しなかったことは、使用者が労働者において刑事責任を追及された事実を受け入れたとみなすべきであり、以降当該事由は使用者が労働関係を解除する理由にはならない旨に言及した上で、本件事例における使用者の労働契約の解除は違法であるとしました。
なお、どの程度の期間が経過すれば労働契約の解除が違法となるかについての統一的な基準はなく、刑事責任を追及された後2年9か月が経過した場合であっても労働契約の解除が認められた事例もあれば、1年2か月しか経過していない場合であっても労働契約の解除が違法とされた事例もあります。いずれにしても、解除事由⑥を理由に労働契約を解除したいようであれば、できる限り速やかに行う必要があるといえます。
2 本件
まず、Aは、X社に入社する前に刑罰に処されています。この点について、刑罰に処されたこと自体は、解除事由⑥に該当します(「『労働法』の若干条文についての説明」)。しかし、上記1(2)イ(ア)のとおり、解除事由⑥は、解除される労働契約の期間中に発生したものである必要があると解釈されています。Aが刑罰に処されたのがX社に入社する前である以上、解除事由⑥が解除される労働契約の期間中に発生したものであるとはいえません。
したがって、X社が、AがX社に勤務前に刑罰に処されたことを理由として労働契約を解除した場合、当該解除は違法とされる可能性が十分にあると考えます。
次に、Bは、X社に入社後、今から3年前に事件を起こして執行猶予付きの刑罰に処されたものの、その当時は処遇が保留となり、現在まで勤務し続けています。この点について、Bも刑罰に処されたこと自体は、解除事由⑥に該当します。しかし、上記1(2)イ(イ)のとおり、解除事由⑥を理由とした労働契約の解除は、当該事由発生後、一定期間が経過した場合には行うことができないとの解釈もあり、実際の中国の裁判例においても、3年間、労働契約の解除権を行使しなかったことにより、解除が認められなかった事例が存在します。Bが執行猶予付きの刑罰に処されたのは3年前であり、本件も、上記裁判例で言及されている、解除事由⑥が発生後、一定期間が経過した場合に該当する可能性があると思われます。
したがって、X社が、BがX社に勤務中の3年前に刑罰に処されたことを理由として労働契約を解除した場合、当該解除は違法とされる可能性があると考えます。
*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。
*本記事は、Mizuho China Weekly News(第721号)に寄稿した記事です。