第25回 労働契約の終了事由(2)~労働者側の事由~

Q: 上海市所在の独資企業X社には、間もなく50歳を迎える女性従業員A(幹部ではありません)がいます。Aは、保険料の納付期間が短く、基本養老保険給付を受け取る条件を満たしていないようです。労働契約法では、基本養老保険給付を受け始めた場合に労働契約が終了すると規定されているようですが、Aが50歳を迎える時点で、X社はAとの労働契約を終了できるでしょうか?
また、X社で勤務していた従業員Bが、会社の業務とは関連性がない持病によって亡くなりました。X社が、Bとの労使関係を終了しようとしたところ、Bの息子であるというCが、「Bに経済補償金が発生するはずであるから、それを自分に支払うように」との要求を行ってきました。X社は、当該要求に従う必要があるでしょうか?

A:X社は、Aが基本養老保険給付を受け取る条件を満たしていなかったとしても、Aが50歳を迎える時点で、Aとの労働契約を終了できます。
そもそもBに経済補償金が発生しないため、X社はCからの要求に従う必要はありません。

解説

1 労働契約の終了について
(1)労働契約の終了事由
 労働契約法(以下「本法」といいます)第44条は、労働契約が終了する場合について以下のとおり規定しています。

①労働契約の期間が満了した場合
労働者が法に従い基本養老保険給付を受け始めた場合(以下「終了事由②」といいます)
労働者が死亡し、又は人民法院から死亡を宣告され、もしくは失踪を宣告された場合(以下「終了事由③」といいます)
④使用者が法に従い破産宣告を受けた場合
⑤使用者が営業許可証を取消され、廃業もしくは取消を命じられ、又は使用者が繰上解散を決定した場合
⑥法律、行政法規に規定するその他の場合

 本件では、Aについて終了事由②に、Bについて終了事由③のうち「労働者が死亡し・・・た場合」に該当するかが問題となります。

(2)終了事由②の内容
 まず、結論から述べますと、本法の終了事由②についての定め[3]に関わらず、本法実施条例第21条に従い、労働者が法定の定年退職年齢に達した場合には、労働契約は終了すると考えられます。

 本法では、終了事由②として「労働者が法に従い基本養老保険給付を受け始めた場合」と定めているため、労働者がいかなる場合に基本養老保険給付を受け始めるかが問題となるように思えます。この点について、社会保険法は、基本養老保険給付を受け取る要件として、ⅰ法定退職年齢に達したこと、及びⅱ累計保険料納付が15年以上であることを挙げています(同法第16条)。このため、本法及び社会保険法の定めからすれば、終了事由②に基づく労働契約の終了には、ⅰ法定退職年齢に達したことだけでなく、ⅱ累計保険料納付が15年以上であることが必要であると考えることができます。

 しかしながら、労働契約の終了事由として、法定退職年齢に達したことに加えて、累計保険料納付が15年以上であることを必要としてしまうと、法定退職年齢に達したにも関わらず、累計保険料納付が15年に達しないために労働契約が終了せず、使用者は退職年齢を越えた労働者を引き続き雇用せざるを得ない事態になりかねません。このため、労働契約法よりも後に制定された本法実施条例第21条では、「労働者が法定の定年退職年齢に達したときは、労働契約は終了する」旨を規定し、法定退職年齢に達すれば、労働契約が終了することを明確にしました。更に上海市に関していえば、上海市高級人民法院の意見でも、基本養老保険給付の有無にかかわらず、企業は法定退職年齢に達した労働者との労働契約を終了することが明確にされています。

 なお、法定の原則的な定年退職年齢については、以下のとおり規定されています(「国家規定に違反して企業従業員の早期退職を行うことの阻止・是正に関する問題についての通知」(以下「定年退職通知」といいます)第1条第1項)。もっとも、これは原則的な定めであり、例えば、坑内、高空、高温、特別な重労働又はその他身体健康に有害な業務に従事する者については男性満50歳、女性満45歳とされるなど、定年退職年齢が引き下げられている場合もあります(定年退職通知第1条第1項)。

【法定の原則的な定年退職年齢】

男性:満60歳
女性:満50歳
女性幹部:満55歳

(3)終了事由③の内容
 終了事由③は、次の3つの場面において労働契約が終了するとしています。

 ⅰ 労働者が死亡した場合
 ⅱ 労働者が人民法院から死亡を宣告された場合
 ⅲ 労働者が人民法院から失踪を宣告された場合

 このうち、死亡については理解が容易ですので、ⅱ及びⅲについて、法令の規定に若干付言致します。

 まず、ⅱの死亡宣告について、民法総則第46条は、自然人がⅰ行方不明になってから満4年が経過した場合、又はⅱ突発的事件により、行方不明になってから満2年が経過した場合のいずれかに該当する場合、利害関係人は、人民法院に対し当該自然人の死亡を宣告するよう申立てることができると規定しています。

 次に、ⅲの失踪宣告について、民法総則第40条は、自然人が行方不明になって満2年が経過した場合、利害関係人は、人民法院に対し当該自然人が失踪者である旨を宣告するよう申立てることができると規定しています。

 このように、労働者が死亡した場合のほか、上述の民法総則の規定に従い、労働者が人民法院から死亡又は失踪を宣告された場合、労働契約は終了することになります。

(4)経済補償金の要否
 経済補償金の支払事由は法定されている(本法第46条)ところ、終了事由②及び終了事由③に基づき労働契約が終了する場合については、法定の支払事由には該当しません。

 このため、終了事由②又は終了事由③に基づき労働契約が終了する場合、使用者は労働者に対して経済補償金を支払う必要はありません。

2 本件
 まず、Aは、基本養老保険給付を受け取る条件を満たしていない状況で、定年退職年齢である50歳(非幹部の女性)を迎えるようです。この点については、上記1(2)のとおり、本法の終了事由②についての定めに関わらず、労働者が法定の定年退職年齢に達した場合には労働契約を終了させることができます。したがって、X社は、Aが基本養老保険給付を受け取る条件を満たしていなかったとしても、Aが50歳を迎える時点で、Aとの労働契約を終了できます。

 次に、Cからの要求については、そもそもBに経済補償金が発生することが前提となります。そうであるところ、Bは、会社の業務とは関連性がない持病によって死亡しており、終了事由③に該当します。そして、上記1(4)のとおり、終了事由③に基づき労働契約が終了する場合については、法定の経済補償金の支払事由には該当しません。このため、そもそもBに経済補償金は発生しません。Bに経済補償金が発生しない以上、X社はCからの要求に従う必要もありません。


*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。

*本記事は、Mizuho China Weekly News(第792号)に寄稿した記事です。