第33回 集団契約(1)~集団契約の意義~
Q:上海市所在の独資企業X社では、従業員との労働契約の更新時に会社への要望についても確認しています。7月末の契約更新時、数名の従業員から、集団契約の締結を検討して欲しい旨の要望がありました。
集団契約とはどのようなものでしょうか?使用者には集団契約締結の義務があるのでしょうか?また、X社にとって集団契約を締結することのメリット、デメリットとしてはどのようなものが考えられるでしょうか?
A:集団契約とは、使用者と当該使用者の従業員が、労働条件について、集団協議を通じて締結する書面合意を指します。集団契約で規定する基準は、個別の労働契約の最低基準となります。
もっとも、現行の労働関連法規下においては、使用者には集団契約締結の義務はありません。
使用者にとっての集団契約締結のメリットとしては、個別交渉の簡略化を期待できること、従業員重視の姿勢を示せることなどが考えられます。他方で、デメリットとしては、集団契約で規定する基準が個別の労働契約の最低基準となってしまうこと、集団契約の締結、変更及び解除の手続が個別の労働契約よりも煩雑であることなどが考えられます。
解説
1 集団契約の概要
(1)集団契約の定義
集団契約とは、使用者と当該使用者の従業員が、法律、法規、規則の規定に基づき、労働報酬、労働時間、休憩及び休暇、労働安全衛生、職業訓練、保険福利等の事項について、集団協議を通じて締結する書面合意をいいます(集団契約規定(以下「本規定」といいます)第3条)。
なお、集団契約については、集団契約に関する法規である本規定のほか、労働法第33条~第35条、労働契約法以下「本法」といいます)第51条~第56条等に規定があります。
(2)集団契約の種類
集団契約には、①ある企業が当該企業の従業員との間で複数の項目に亘って協議し、締結する一般的な集団契約以外に、②個別項目に関してのみ協議し、締結する「個別項目集団契約」(本規定第3条、本法第52条)、③建築業、採鉱業、飲食サービス業等の業界を単位として締結する「業界性集団契約」(本法第53条)、④地域(県レベル以下)を単位として締結する「地域性集団契約」(本法第53条)があります。
このうち、例えば、③「業界性集団契約」については、2017年に上海市金山区の紡織服飾業界において締結された旨の報道が見られ、また④「地域性集団契約」については、2012年に上海浦東新区で締結されたものが国家レベルの開発区における初めての「地域性集団契約」である旨の報道が見られます。
(3)集団契約の効力
ア 効力
集団契約が締結された場合、使用者と従業員とが労働契約で個別に約定する労働条件は、集団契約で規定する基準を下回ってはなりません(本規定第6条第2項、本法第55条)。
なお、当然ながら、集団契約で規定する基準は、現地人民政府の規定する労働条件に関する最低基準を下回ってはなりません(本法第55条)。
イ 効力発生時期
集団契約は、締結後、使用者が労働行政部門に届出なければならず、労働行政部門が集団契約書を受領した日から15日以内に異議を提出しない場合に発効します(本法第54条第1項、本規定第42条第1項)。
なお、本稿の執筆にあたり、念のため上海市人力資源及び社会保障局にヒアリングを行ったところ、上記と同趣旨の回答がありました。また、裁判例においても、労働行政部門への届出を行っていないために、集団契約は発効していない旨を判示するものが多く見られます。
ウ 効力発生範囲
企業と当該企業の従業員との間で締結される集団契約は、企業(使用者)及びその全ての従業員に対して拘束力を有します(本規定第6条第1項、労働法第35条)。
また、「業界性集団契約」は当該業界の使用者及び従業員に対して、「地域性集団契約」は当該地域の使用者及び従業員に対して拘束力を有します。
なお、集団契約の締結プロセスの詳細については次回以降に取り上げますが、本法第51条第2項は、「集団契約は、労働組合が企業従業員側を代表して使用者と締結する」旨を規定しています。労働組合が締結する契約であるにもかかわらず、当該労働組合への加入の有無を問わず、全ての従業員に対して拘束力を有する点で、日本の労働協約[5]とは異なるといえます。
(4)集団契約締結義務の有無
まず、本規定、本法及び労働法を含め、現行の労働関連法規においては、集団契約の締結を義務付ける規定はありません。
また、本稿の執筆にあたり、上海市人力資源及び社会保障局にヒアリングを行ったところ、「使用者は集団契約を締結できるが、必ず締結しなければならないわけではない」旨の回答がありました。
したがって、使用者には集団契約締結の義務はないと考えます。
2 使用者にとってのメリット及びデメリット
(1)メリット
使用者にとってのメリットとしては、例えば、個別交渉の簡略化を期待できることが考えられます。すなわち、集団契約において、個別の労働契約の共通事項に関する原則的な規定を置くことで、当該事項について争わない従業員との間では、改めて当該事項についての個別交渉を行う必要がなくなります。このため、個別交渉の簡略化を期待できるといえます。
また、一般的には集団契約の締結は従業員にとって有利ですので、集団契約を締結することで対内的にも対外的にも従業員重視の姿勢を示すことができると考えられます。
(2)デメリット
他方でデメリットとしては、まず、集団契約で規定する基準が個別の労働契約の最低基準となってしまうことが挙げられます。集団契約で規定する基準はあくまでも最低基準であるため、個別交渉次第では、従業員側はより高い条件で労働契約を締結することも可能である一方で、使用者側は、個別交渉によって集団契約で規定する基準よりも低い条件で労働契約を締結するということはできません。
また、集団契約の締結プロセスの詳細については次回以降に取り上げますが、その発効に労働行政部門への届出が必要であることからもわかるとおり、集団契約は、締結、変更及び解除の手続が個別の労働契約よりも煩雑であることが挙げられます。例えば、会社の業績や景気動向に応じて労働条件の調整を図ろうとしても、一度集団契約を締結してしまうと、その変更ないしは解除が手続面においても容易ではありません。
以上のことから、使用者としては、やはり慎重に集団契約の締結に臨むべきであると考えます。
*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。
*本記事は、Mizuho China Weekly News(第820号)に寄稿した記事です。