第52回 総経理
Q:日本企業X社は、中国において100%出資により子会社(有限責任会社)Y社を設立しました。董事会より董事長A、総経理Bが任命されており、法定代表者にはAが定められていますが、Aは日本本社で勤務しており、中国での日常の経営管理業務はBが担っています。
Y社の取引先であるZ社が、売買契約に基づく代金を支払わず、何度も任意交渉を拒絶していることから、Y社はZ社へ損害賠償請求訴訟を提起することを検討しています。
この売買契約は、Bの権限の範囲内で署名されたものですが、Y社の会社定款ではBに対して訴訟提起の権限が付与されていません。
董事長であるAは日本本社において勤務しており、中国現地の状況を把握していません。この売買契約は、Bが主導し取引の実情も把握していますので、総経理であるBがY社を代表してZ社に対して本件の損害賠償請求訴訟を提起することはできませんでしょうか。
A:訴訟を提起する権限は、総経理の権限規定(中国会社法第49条第1項)には列挙されていません。そのため、会社定款で総経理の訴訟権限を定めない限り、総経理には会社を代表して訴訟を提起する権限がないものと考えられます。
解説
1 総論
中国の会社では、日常の経営管理業務は総経理により行われ、日系企業においても日本の本社から総経理として中国の子会社に人員を派遣し、その経営管理業務を担わせることが多く見られます。
今回は、会社の経営管理上重要な役割を有する総経理について説明していきます。
2 総経理の地位
(1)意義
総経理は、会社の日常の経営管理業務の管理責任者で、会社の高級管理職のうちの1つです(中国会社法第216条第1項第1号)。中国会社法では、「経理」と規定されていますが、実務上は総経理と呼ばれるのが通常です。このように、日本語の経理とは地位も権限も大きく異なるため注意が必要です。
(2)総経理の設置
有限責任会社は、総経理を置くことができ、董事会が総経理の任命又は解任を決定します(中国会社法第49条第1項)。
一方、株式会社は、総経理を置き、董事会が任命又は解任すると規定されています(中国会社法第113条第1項)。
このように、中国会社法では有限責任会社については総経理を置くことを強制しておらず、総経理を置かないことも可能となっています。
(3)兼任
株主数が少ない又は規模の小さい有限責任会社では、執行董事を置くことができ、必ずしも董事会を設置する必要がありませんが、この執行董事は総経理を兼任することも可能です(中国会社法第50条第1項)。
有限責任会社及び株式会社では、董事、高級管理職は監事を兼任することが禁止されている(中国会社法第51条第4項、第117条第4項)ため、高級管理職の1つである総経理も監事を兼任することができません。
株式会社の董事会では、董事会の構成員により総経理を兼任することを決定できます(中国会社法第114条)。
(4)総経理と会社との関係
総経理は会社の高級管理職ですが、会社の労働者たる性質を有しており、労働法の保護を受ける ことについて注意が必要です。
労働部が公布している「中国労働法の執行徹底の若干問題に関する意見」第11条においても、総経理は会社法の規定により董事会と労働契約を締結しなければならないと規定されています。
(5)法定代表者
法定代表者とは、法律により対外的に会社を代表して法律行為をすることができる自然人をいいます。
法定代表者は会社定款により董事長、執行董事又は総経理のいずれか一人のみ定めることができます(中国会社法第13条)。従前は法定代表者になれるのは董事長のみでしたが、2005年に改正されています。
なお、外商投資法実施条例第49条により廃止されるまでは、中外合弁企業については、董事長を法定代表者とし(中外合弁企業法実施条例第34条)、独資企業については、会社定款により法定代表者を定める(外資独資企業法実施細則第24条第1項)とされていました。
このように、中国会社法では、董事長、執行蕫事又は総経理のいずれかしか法定代表者になることができず、必ずしも会社の代表権を持っているわけではないため、法定代表者が誰であるかについて注意が必要です。
法定代表者の氏名は会社の登記事項(中国会社登記管理条例第9条第1項第3号)であり、登記により法定代表者名を確認することができます。
3 総経理の権限
(1)権限
総経理は董事会に対して責任を負い、次の権限を行使します(中国会社法第49条第1項)。この権限は株式会社の総経理も同様です(中国会社法第113条)。
総経理の法定の権限は以下のとおりですが、董事会の権限との違いや役割分担を理解することが重要です。
総経理の権限 |
詳細 |
会社の生産経営管理を主管し、董事会決議を実施すること(1号) |
総経理は董事会決議を実施する必要があるため、董事会決議は総経理に対しても拘束力を有します。
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会社の年度経営計画と投資案を実施すること(2号) |
会社の経営計画及び投資案を決定する権限は董事会にあり(中国会社法第46条第1項第3号)、最終的に経営方針、投資計画を決定する権限は株主会にあります(中国会社法第37条第1項第1号)。 |
会社の内部管理機構の設置案を立案すること(3号) |
会社の内部管理機構の設置する権限は董事会にあります(中国会社法第46条第1項第8号)ので、総経理には立案の権限しかありません。 |
会社の基本的管理制度を立案すること(4号) |
会社の基本的管理制度を制定する権限は董事会にあります(中国会社法第46条第1項第10号)ので、総経理には立案の権限しかありません。 |
会社の具体的な規則を定めること(5号) |
具体的な規則については総経理が定める権限を有していますが、法律、行政法規、会社定款又は董事会の制定する会社の基本的管理制度に抵触することができません。 |
会社の副総経理、財務責任者の任命、解任を提案すること(6号) |
会社の副総経理、財務責任者の任命、解任を決定する権限は董事会にあります(中国会社法第46条第1項第9号)ので、総経理には提案する権限しかありません。 |
董事会が任命又は解任を決定するべき者以外の管理責任者の任命又は解任を決定すること(7号) |
高級管理職ではない内部管理機構の管理者や支店の責任者等についての任命又は解任については、総経理が権限を有しています。 |
董事会により与えられたその他の権限(8号) |
この授権範囲や事項について中国会社法には明確な規定はありません。 |
(2)会社定款による変更
上述のような規定がありますが、総経理の権限については会社定款により規定することが可能です(中国会社法第49条2項)。実務上、日常的な取引に関する契約締結権限を総経理に付与しつつ、取引金額の規模や取引の種類に応じて董事会の書面による事前承認を得ることを会社定款で定めることは、しばしば行われます。更に、総経理業務規則等の内部規程を制定し、総経理の報告義務や、授権範囲等について詳細に定めることがあります。
(3)董事会への列席
総経理は董事会会議へ列席することができます(中国会社法第49条第3項)。
そして、会社定款で列席を否定することはできないと考えられています。この董事会会議の列席の規定(中国会社法第49条第3項)は、上記の会社定款による変更の規定(中国会社法第49条第2項)の後にあり、会社定款で変更しうる総経理の権限(第49条第1項)の規定にも列挙されていないためです。
4 本件の検討
訴訟を提起する権限については、総経理の権限規定(中国会社法第49条第1項)には列挙されていません。また、中国会社法第151条第3項の規定に基づき他人に対して訴訟を提起する場合は、会社を原告としなければならず、董事長(董事会が無い場合は執行董事)が会社を代表して訴訟をすると規定されています(「会社法適用の若干問題に関する規定(四)」第23条第2項)。
このように、総経理には会社を代表して訴訟を提起する権限がないため、BがY社を代表して訴訟を提起するには、会社定款で訴訟権限を付与する必要があります。
しかし、総経理は董事会に列席する権限を有しているため、董事会での議論を通して中国の現地での状況について、董事長に説明することも可能です。
*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。
*本記事は、Mizuho China Weekly News(第894号)に寄稿した記事です。