第5回 フィリピン改正刑法の興味深い条文 − 妻に不貞行為をされた夫の場合、他 −

皆さん、こんにちは。Poblacionです。フィリピンでは、興味深い、時にはちょっと変わった法律や規則が意外とあります。そんな興味深い条文を、フィリピンの刑事関連法の中核を成す改正刑法(PRC)からいくつか取り上げてみます。

宗教に関連する犯罪で刑務所行きに?!

フィリピン憲法は、侵すことができないものとして、政教分離原則の遵守を明言しています。その一方で、刑法を含むフィリピンの法制度には、いまだに宗教が深く根ざしています。特にRPCには、以下に挙げる宗教関連の犯罪について罰則の明文規定があります。

    • 礼拝行為の中断 役人又は公務員が宗教儀式を阻止又は妨害すること
    • 宗教的感情に対する侮辱 いかなる人が、礼拝場所で、あるいは宗教儀式中に信者の感情を害するような行為をすること
    • 悪質かつ重大な強制 法律上の権限なく、かつ暴力を手段として、ある人が他人に宗教行為を強制したり、他人の宗教行為を阻止したりすること

災害が発生時には脱獄が可能?!

RPC第158条に基づき、災害、地震、爆発その他の惨事発生時に服役囚が脱獄し、かかる災害が収まってから48時間経っても出頭していない場合は、残りの刑期の5分の1の期間分(最長6ヶ月)、刑期が延長されます。一方で、服役囚が前記時間内に自発的に戻ってきた場合には、特別に残りの刑期を5分の1の期間に短縮してもらえる権利があります。服役囚が脱獄せず、刑務所に留まっていた場合にはどうなるでしょうか?この場合は、刑期を短縮してもらうことはできず、もともとの刑期がそのまま残ります。

一見、刑務所に留まった服役囚の方が、刑を免れようとした服役囚よりも不利な状況に置かれるという法律上の不公平さがあるように思えます。法律が脱獄の機会を与えていると主張する者もいますが、RPC第158条は、災害発生時に自己の生命を守る機会を服役囚に与えているにすぎません。ここで法律が重点を置いているのは、脱獄という行為ではなく、災害の収束から48時間以内に服役囚が戻るか否かという点なのです。服役囚が、正義感と政府への忠誠心に促され、新たに手に入れた自由を諦めて服役生活を続けようと自ら決断することは、法による恩恵を受けるに値する行為なのです。

そこで教訓です。災害時には脱獄が可能となりますが、当然ながら、災害が収まったら直ちに戻ることを忘れてはいけません。

合法的に自分の妻とその愛人を殺害できる場合とは?

RPC第247条に基づき、法律上の婚姻関係にある夫が、自分の妻とその愛人の不倫現場を捉え、その直後に2人のうちの一方又は両方を殺害した場合に科される罰則は、destierro(スペイン語)、すなわち国外追放に過ぎません。ただし、ある事件において最高裁判所は、殺害した夫に科されたdestierroという罰則が、本当の意味の罰則ではなく、妻や妻の愛人の親戚に報復される可能性から夫を保護するための手段であることを明らかにしました。夫が、妻やその愛人に怪我を負わせただけの場合には、一切罰則がありません。

夫による殺害は、妻による不貞又は姦通という悲惨な状況に遭った夫であれば我を忘れるほどの嫉妬と憤りを抑えきれなかった結果であると考えられるため、刑事責任は問われないのです。当然ながら、多くの活動団体、特に女性による組織団体が、この時代遅れの法律は女性差別であるとし、その撤廃に向けたロビー活動をしています。女性差別どころか、相手がたとえ不誠実な配偶者であっても、殺害という行為が許されるようなことはあってはなりません。

相手が自分の配偶者、親、子供又は兄弟姉妹であれば、窃盗または詐欺をはたらいても、刑事責任には問われない

RPC第332条に基づき、自分の配偶者、親族、又は姻戚による窃盗、詐欺又は故意の器物損壊の被害を受けても、これによる刑事責任は発生しません。血族の兄弟姉妹や姻族の兄弟姉妹も、一緒に生活している場合には、刑事責任を問われません。

第332条の目的は、家族の調和を守り、スキャンダルを未然に防ぐことです。これにより政府は、何よりも家族の結束を守るべく、犯罪行為をした者を起訴する権利を放棄します。ただし、犯罪の被害者となった者には、過ちを犯した家族に対して民事訴訟を提起するという選択肢があります。

僅かな金額を盗んだだけで、長年服役することも

RPCは、1932年1月1日というかなり昔に制定され、今日までその効力を保持している法律です。何度も改正が重ねられてきましたが、時代遅れの条文もまだいくつか残っています。すぐにでも新しくすべき条文には、窃盗等の財産犯罪に科される罰則に関する条文も含まれます。

RPCに基づき、窃盗に科される罰則は、以下の通り窃盗物の価値によって決まります。

窃盗物の価値

罰則(懲役期間)

Php22,000(約59,500円)以上 10年以上12年以下; Php22,000を超える分について、Php10,000(約27,027円)につき1年追加。最長20年。
Php12,000(約32,400円)以上
Php22,000(約59,500円)以下
6年以上10年以下
Php6,000(約16,200円)以上
Php12,000(約32,400円)以下
2年4ヶ月以上6年以下
Php200(約540円)以上
Php6,000(約16,200円)以下
6ヶ月以上4年2ヶ月以下
Php50(約135円)以上
Php200(約540円)以下
2ヶ月以上2年4ヶ月以下
Php5(約13.50円)以上
Php50(約135円)以下
1ヶ月以上6ヶ月以下
Php5(約13.50円)以下 1ヶ月から4ヶ月

たとえば、A男がPhp 5(約13.5円)のパン1斤を盗んだとして有罪になった場合、1ヶ月から4ヶ月の懲役刑(執行猶予入れず)に科される可能性があります。Php 5というのは1930年当時であれば相当の金額であったのでしょうが、インフレの影響により今では殆ど価値のない金額です。実際、Php 5で現在買えるものと言ったら安いキャンディーくらいです。「小銭財産」を盗んだだけで4ヶ月の懲役というのは厳し過ぎで、釣り合いが取れているとはいえません。

現在、RPCを見直し、インフレを考慮して財産犯罪に対する罰則を改定することが盛んに提案されています。しかしながら、法律改正案が正式に議会を通過するまでは、裁判所が勝手な判断を下すことはできず、RPCに定められた時代遅れの罰則を厳格に適用する他ありません。

それどころか、プランテーションからココナッツを盗むと、さらに長くなる服役期間

RPC第310条に基づき、窃盗が「基準に達している」と判断された場合、さらに2段階上の厳しい罰則が科されることになります。「基準に達している」と言えるのは、下記に該当する窃盗が行われた場合です。

    • 家の使用人が窃盗をした場合、
    • 重大な裁量権の濫用により窃盗をした場合
    • 盗まれた財産が自動車、郵便物又は家畜である場合
    • 盗まれた財産がプランテーションから収穫したココナッツである場合
    • 盗まれた財産が養魚池から捕獲した魚である場合
    • 火災、地震、台風、火山噴火その他の災害、自動車事故又は市民騒乱の発生時に財産を盗んだ場合

最高裁判所は、ココナッツの窃盗に関して厳しい罰則が科されているのは、ココナッツ産業発展の促進及び保護のためであると説明しています。視界が妨げられない水田やサトウキビ畑の場合と異なり、ココナッツ園では、ココナッツという木の成長に伴う特徴から、効率的な監視ができません。この種の財産を保全するための特別な手段がなければ、窃盗の格好の対象となり、実際にこれまでもそうでした。

前述の例でいうと、もしA男がココナッツのプランテーションからPhp 50相当のココナッツを盗んだとして有罪になった場合には、上記の表で「2ヶ月以上2年4ヶ月以下」ではなく、「6年以上12年以下」の懲役(arresto mayorより2段階上のprision mayorという罰則)に科せられることになります。まるで映画「レ・ミゼラブル」の世界のようですね。


*本記事は、フィリピン法務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。フィリピン法務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。