相続税と贈与税の減税に関する情報

今年10月16日に、台湾の行政院は、相続税と贈与税の減税措置の実施を決定した。

台湾において、相続税と贈与税の税率は、「遺産及贈与税法」(遺産及び贈与税法)により規定されている。相続税率に関しては、遺産総額が高ければ高いほど税率も高くなる累進課税方式が採用されている。

「遺産及贈与税法」の第13条では、被相続人が死亡した時点での遺産総額の金額により、相続税の税率は異なると規定されている。例えば、遺産総額から法定の免税額と控除額(注1参照)を差し引いた相続税の算定基数が60万台湾ドル以下である場合、税率は2%だが、相続税の算定基数が60万台湾ドルより多く150万台湾ドル以下である場合、税率は7%である。

なお、相続税の最高税率は、算定基数が1億台湾ドル以上である場合の50%である。贈与税についても、相続税と同様に累進課税方式が採用されており、同法の第19条によると、贈与税の最高税率は、贈与総額から法定の免税額と控除額(注2参照)を差し引いた贈与税の算定基数が4500万台湾ドル以上である場合の50%である。

今回の行政院の減税措置によれば、今まで採用されてきた相続税の累進課税方式が撤廃され、遺産総額の多少に係わらず、一律に10%の相続税率が適用されることになる。また、相続税と同様に、贈与税についても累進課税方式が撤廃され、贈与総額の多少に係わらず、一律に10%の贈与税率が適用されることになる。

また、今回の減税措置では、減税だけではなく以下のような措置も取られる予定である。

  1. 中産階級の一般人が負担する相続税と贈与税を軽減するため、相続税の免税額が779万台湾ドルから1200万台湾ドルに引き上げられ、また贈与税の免税額が110万台湾ドルから220万台湾ドルに引き上げられる予定である。相続税又は贈与税の税額を算定する際、遺産総額又は贈与総額から法定の免税額と控除額を差し引いて算定基数を算出するため、相続税と贈与税の免税額の引き上げにより、相続税と贈与税の負担は軽減されることになる。
  2. 「遺産及贈与税法」の第30条第2項によると、納税義務者が納付すべき相続税又は贈与税が30万台湾ドル以上であり、且つ納付すべき相続税又は贈与税を現金で一括納付することが困難である場合、納税通知書が送達された2ヶ月以内に、12期に分割して納付することを申請できる。但し、各期の間隔は2ヶ月を超えてはならないとされている。このように現行法では、納税義務者は最長2年間にわたって相続税及び贈与税を分割納付することが可能である。この制度について、今回の減税措置では、納税義務者により余裕を持たせるために、最長2年間の分割納付期間が最長3年間に延長される予定である。
  3. 現行法の第44条及び第45条によると、納税義務者が申告すべき遺産又は贈与財産を申告しなかった場合、又は実際の額以下を申告した場合、税務当局は納付すべき額の1倍以上2倍以下の過料を科することができると規定されている。今回の減税措置では、税務当局が過料の額を裁量する際に、事案に鑑みてより公平な判断を行うことを可能にするため、「1倍以上2倍以下」の罰則が「2倍以下」に修正される予定である。

最近の台湾経済は低迷しており、2008年の初めには台湾の株価指数は9300点に達していたにもかかわらず、現在は5000点を下回っている。加えて、失業率も上昇し続けている。そのため、台湾政府にとって、経済のさらなる悪化の防止及び景気の回復は急務である。今回の減税措置の目的は、減税措置を実施することにより、台湾から海外に移された資金を台湾に呼び戻し、経済を活発化することにあると考えられる。

相続税の目的は、富の過度集中を抑止し、富を再分配することにあると考えられる。また、贈与税は、生前贈与による相続税回避を防止する機能を有するので、相続税の補完的な性質を持つと考えられる。それゆえ、今回の相続税と贈与税の減税措置に反対する政治家や民間人は、今回の減税措置は高額所得者のためだけの政策であり、正義に反するのではないかと批判している。しかし、行政院財政部の官僚らは、今回の減税措置は高額所得者のための政策ではないとしている。なぜなら、1年間に約5000件にも上る相続税の徴収事例の中で、遺産総額が1億台湾ドルを超えたのは130件のみで、他の徴収事例において相続税を徴収された大部分は、中産階級の一般人だからである。台湾の資産家は、すでに資金を海外に移動させるなどの様々な手法により相続税を回避しているため、相続税の減税措置は実質的には彼らには影響を与えない。また、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、スウェーデンなど相続税が廃止された国は多く、近隣の香港では2006年2月から相続税は廃止されており、シンガポールでも2008年2月に相続税の廃止が発表されている。このため、行政院の官僚らは、台湾においても相続税の税率を下げなければ国民の資金が海外に流出することは避けられないと考えており、相続税の減税により、財産を多く持っている人々の資金を台湾へ移動させ、台湾の経済を活発化させることができると期待している。

しかし、今回の減税措置の批判者にとって、台湾の官僚らの期待は、根拠を伴わないものといえる。なぜなら、相続税を下げれば、国民が資金を海外に移動させる誘因は確かに少なくなるが、他に投資環境の改善策がなければ、台湾に資金を移動させても利益は生じないため、どれほど税率を下げても資金が台湾へ流れ込み、景気がよくなることは期待できないからである。さらに、減税措置が実施されれば、台湾の税収は200億台湾ドル減少することが予想され、国の予算や地方財政にも悪影響を与える可能性がある。

なお、行政院財政部の官僚が、減少する相続税と贈与税の税収を補うため、消費者がダイヤモンド・高級車・ブランド鞄等の奢侈品を購入する際に課される奢侈税の導入について今後も検討すると発言したが、奢侈税に関する今後の立法動向は未だに不確実である。

今回の減税措置が台湾の立法院において可決されれば、上記の新たな相続税と贈与税の税率は2009年に実施される予定である。

(注1)相続税の免税額は「遺産及贈与税法」の第18条と行政院財政部の命令により規定されており、遺産総額が現行の免税額である779万台湾ドルを超えない場合、相続税は課税されない。相続税の控除額については、「遺産及贈与税法」の第17条に、被相続人の配偶者又は父母が生存している場合等の控除額が規定されている。

(注2)贈与税の免税額は「遺産及贈与税法」の第22条と行政院財政部の命令により規定されており、贈与総額が現行の免税額である110万台湾ドルを超えない場合、贈与税は課税されない。なお、「遺産及贈与税法」の第21条は、贈与税の算定基数を計算する際、負担付贈与については贈与総額から負担額を控除すべきとしている。


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【執筆担当弁護士】

弁護士 黒田健二 弁護士 尾上由紀 台湾弁護士 蘇逸修