台湾の景気刺激策〜消費券政策について

台湾において不況が深刻化している。アジア四小竜(注1参照)と言われる国と地域の中でもこれは顕著で、昨年の9月の香港の失業率は3.4%であり、韓国は3.1%であったが、台湾では4.27%に達した。翌10月の失業率は9月と比べ0.1%上昇し4.37%であった。株式市場も依然として低迷している。
このような経済状況に対処するため、与野党からは様々な政策が提案された。与党・国民党は、約583億新台湾ドルを地方の公共事業に投入することで景気を刺激すると提案したが、野党・民進党は、急激、且つ多額の公共事業への資金投入は公共事業における品質の悪化につながり、インフレを発生させる恐れがあると与党の政策を批判した。これに対して民進党は税金を一定の額で国民に還付し、その還付金で国民に消費を促し、景気を刺激するという税金還付政策を提案した。

その後、民進党の税金還付政策に対抗するかのように、国民党は商品またはサービスを交換することのできる「消費券」を国民に発行することで、台湾国内の消費を拡大し、景気を刺激するという政策を打ち出した。民進党の税金還付政策のように現金を支給するのではなく、印刷等の手間を要する消費券の発行政策を提案した理由について、国民党は、国民に現金を与えた場合、国民はそれを貯蓄にまわす可能性があり、国民に現金を与えても景気を刺激する効果があるとは限らないためと説明した。

上記の消費券政策を実施するために、「振興経済消費券発放特別条例」(「経済を振興させるための消費券の発行に関する特別条例」)の草案が台湾の立法院に提出された。

「振興経済消費券発放特別条例」草案の第4条によれば、消費券の発行に必要な財源について、公債で応じることができるほか、その額は「公共債務法」の第4条第5項(注2参照)に規定されている債務の比率制限に拘束されないこととされている。

同条例によれば、台湾の行政院内政部(以下、「内政部」という。)の定めるところにより、全ての台湾国民、居留権のある中国大陸の者、及び居留権のある台湾国民の外国人配偶者が消費券を受給する権利を有し、この資格に合致する者は、1人当たり3,600新台湾ドル(日本円に換算すると9,937円(注3参照))に相当する消費券を受給することができることになる。

消費券の使途については、商品とサービスの購入に限定される(「振興経済消費券発放特別条例」草案第5条)。また、消費券の利用者に対し、つり銭を出すこと、消費券の転売、及び現金・商品券・電子マネー等へ交換することは禁じられる(「振興経済消費券発放特別条例」草案第6条)。

消費券政策が実施されると、835億新台湾ドルに相当する消費券が発行されると予想される。

一方、民進党は、消費券政策を批判している。なぜなら、借金により消費券の発行に必要な財源を確保すれば、政府の財政を悪化させる恐れがあるほか、消費券の印刷にも多額の費用がかかるからである。また、消費券の発行により、消費券が偽造され市場に出まわる可能性も高く、消費券政策は税金還付政策よりも効率的ではないと批判している。

さらに、国民党は本来、民進党の税金還付政策の主張を無視していたが、経済状況が悪化の一途をたどるなか、やむを得ず税金還付政策と類似の政策を打ち出したとして、国民党が自らの面子を保つため、税金還付政策よりも効率的ではない政策を決定したと批判している。

消費券政策を批判する経済学者もいる。彼らは、富裕層にとって、3,600新台湾ドルは大した金額ではないので、消費券を受給しても消費するとは限らず、一方、低所得者層は、急用に備えるために、消費券を使用期限の間際まで温存する可能性も大いにあると指摘し、結局、消費券の発行がどれほど消費を刺激するかは未知数であり、消費券を発行するために、「振興経済消費券発放特別条例」のような特別法により政府の債務比率制限を回避することは、財政規律を乱すものにほかならないと批判している。

与党の国会議員の中にも、日本を例に挙げて消費券制度に反対する者がいる。彼らは、日本においても過去に類似の政策が導入されたことがあるが、消費を喚起する効果は期待されたほどではなく(注4参照)、このような日本の前例に鑑みると、台湾の消費券政策の効果も期待できないと批判している。

上記のような批判はあるものの、台湾政府は消費券政策に多くの期待を寄せているようである。経済部部長は、消費券政策で国民総生産(GDP)の成長率を0.32%押し上げられなければ、辞任すると公言した。また、長期的な効果があるかどうかは別として、消費券の発行により台湾の旧正月商戦の利益を期待する業者は多いようである。

こうした賛否両論がある中、「振興経済消費券発放特別条例」は昨年12月5日に台湾の立法院で可決された。可決された「振興経済消費券発放特別条例」の第5条には、消費券の使途について、商品・サービスの購入のほか、他人への贈与も可能であるとの内容も盛り込まれた。なお、「振興経済消費券発放特別条例」が立法院で審議された際、一部の議員から「消費券の利用に際してつり銭を出しても問題はないのではないか」という意見も出た。しかし、この意見は、消費券の趣旨を失わせるものであるため、結局、つり銭を出すことを禁止するとの規定は維持された。

消費券は2009年1月18日より発行される予定である。
なお、可決された「振興経済消費券発放特別条例」によると、当該条例の期限と消費券の使用期限は2009年9月30日とされている。

(注1)奇跡的な経済発展を遂げたアジアNIEs4カ国(大韓民国台湾香港シンガポール)を「アジアの四小竜」ということがある。

(注2)国又は地方公共団体の総予算及び特別予算の毎年度の債務額は、その総予算及び特別予算の支出総額の15%を超えてはならない。

(注3)2008年12月10日現在。

(注4)日本の「地域振興券」政策を指す。1999年、国の全額補助による財源で日本全国の市区町村が「地域振興券」を発行し、一定の条件を満たした国民に1人2万円分の「地域振興券」を交付した。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は、当事務所にご相談ください。

【執筆担当弁護士】

弁護士 黒田健二 弁護士 尾上由紀 台湾弁護士 蘇逸修