退職後の競業避止義務について

台湾の有名な電子産業メーカーであるA社は、その従業員との間において、従業員が退職から1年以内に、A社及びその関連企業の所在する国或いは地域で、直接または間接的に、A社の業務またはそれと関連する事務と競合する行為に従事してはならないという特約を締結していた。

A社の従業員である甲は、A社を退職して、A社の中国における子会社B社に就職した後、再度退職し、その退職から1年以内に、別の中国の電子産業メーカーC社に就職した。甲がC社に就職すると、A社は、「甲がA社を退職してB社に就職すること」は企業の内部における転勤にすぎないので、甲がB社を退職してから1年以内にA社と競合関係にある他社に就職したことはA社との間で締結した競業避止特約に違反していると主張して、台北地方裁判所に当該従業員に対する損害賠償の訴えを提起した。

台北地方裁判所は、まず、B社はA社の子会社であるが、法律上異なる主体であると認定し、甲がC社に就職したのはB社を退職してから1年以内のことであるが、A社を退職した時点からは1年以上が経過しているので、甲はA社と甲が締結した競業避止特約の拘束を受けるべきでないとした。

次にA社は、甲がB社に入社した際に、B社は別途甲と競業避止特約を締結していなかったため、A社と甲が締結した競業避止特約は、甲がB社に入社した後においても適用され得ると主張した。

他方、甲はB社に入社した際に、別途競業避止特約を締結しており(但し、甲はB社と締結した競業避止特約を提出することができなかった)、A社の主張は真実ではないと主張した。

台北地方裁判所はこの点について、B社には従業員の競業避止義務を規定する定型化された書類があるにもかかわらず、甲にその書類に署名させなかったことは合理的ではないと認定し、また甲はB社と締結した競業避止特約を証拠として提出することができなかったが、一般的に、企業が従業員と競業避止特約を締結する際に、写しを従業員に交付しないため、甲がB社と締結した競業避止特約を提出できなかったとしても、裁判所は、それをもって甲にとって不利な判断をしてはならないと判断した。

さらに、台北地方裁判所は、「A社及びその関連企業の所在する国或いは地域で、直接または間接的に、A社の業務またはそれと関連する事務と競合する行為に従事してはならない」という特約は厳しすぎると認定した。会社登記においてA社が登記した営業項目は45項目にのぼり、不動産の仲介及び廃棄物の処理までもが含まれていた。

そのため、たとえ甲が退職後電子産業メーカーに就職しなかったとしても、不動産の仲介に従事し、または廃棄物処理業の運転手になった場合には、A社と競合関係にある行為に従事したとして、競業避止特約に違反したと見なされかねない。よって、台北地方裁判所は、この競業避止特約は厳し過ぎるものであり、公序良俗に違反していると認定し、最終的にA社を敗訴とする判決を下した。

台湾の現行労働法規には、退職後の競業避止義務に関する規定はない。現在、台湾の行政院労働者委員会は、労働基準法において関連規定を設けることを検討している。

具体的には、競業避止の期間を2年以内に制限すること、雇用主の営業上の秘密に触れるまたは秘密を使用する職務・職位を担当する労働者との間でなければ雇用主は競業避止特約を締結してはならないこと、競業避止特約の規定は合理的範囲に限られること、労働者が競業しないことを約定する場合は合理的補償を与えなければならないこと、などが検討されている。


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【執筆担当弁護士】

弁護士 黒田健二 弁護士 尾上由紀 台湾弁護士 蘇逸修