雇用契約と委任契約

台湾高等裁判所が2013年10月15日に下した民事判決(2012年度重労上字第28号)は、委任契約と雇用契約の違いについて、委任契約は事務処理を契約の目的としており、受任者は委任者の付与する権限の範囲内において、自己の裁量で一定の事務を処理する権限を有し、労務の供給は手段に過ぎないが、雇用契約は労務の提供以外の目的はなく、労働者は雇用主に従属し、その労働について単独の裁量権はないとした。

本件の概要は以下の通りである。
甲は2000年に、乙に雇用され、2010年の年末にはシニア・プロダクトマネージャーとなり、月給は20万台湾元近くあった。2011年、乙は、甲の業績がよくないと判断し、甲、乙間の契約が委任契約であることを理由に、いずれの当事者もいつでも委任契約を解除することができるという民法の規定(民法第549条第1項)に基づき、同年6月、甲との契約を解除した。

甲は、甲、乙間の契約は委任契約ではなく、雇用契約、即ち、労働基準法に規定される労働契約であり、また、労働基準法第12条(註)に規定される、雇用主が労働者に予告することなく労働契約を解除することができる事由は存在しないことから、乙の解除は違法であるとして、甲、乙間の雇用関係の存在を確認し、また乙が甲の復職までの未払いの賃金を支給することを請求する訴えを提起した。

これに対し、裁判所は審理の上、以下の通り判断し、甲を敗訴とする判決を下した。
雇用契約は、当事者の一方が他方に従属する関係の中で、労務を提供し、他方が報酬を給付する契約である。従って、雇用契約においては、労働者は雇用主の指揮・監督を受け、かつ雇用主に対し従属性を有する。また、労務提供の具体的な内容も雇用主が決定することになるため、労働者には裁量権はない。これに対し、委任契約においては、任務遂行を目的として、受任者は委任者の付与する権限の範囲内において自己の裁量により一定の事務の処理方法を決定することができ、受任者が委任者に対し労務を提供することは事務処理の手段にすぎない。

本件においては、乙は甲に対し一定のプロジェクトにおいて新製品を開発するよう指示していたが、どのような研究開発を行うかは、甲自らが決定することになっていた。このため、甲は業務内容において一定の裁量権を有しており、また、甲は乙に対し単純に労務を提供するだけではないと言える。従って、甲、乙間の契約は委任契約である。

雇用契約においては、雇用主が労働者を解雇する場合には労働基準法の制限を受け、また、解雇時には労働者に対し解雇手当を支払わなければならないが、委任契約においては、労働基準法の制限もなく、解雇手当も不要である。このように、雇用契約であるか委任契約であるかは、特に契約解除の際に重大な違いをもたらすことから、契約締結時より、いずれの契約であるかを明確にすることが重要である。

なお、実務上、雇用契約であるか、または委任契約であるかの認定について紛争が発生した場合、裁判所は労働者保護の観点から、雇用契約であると判断するケースが多いが、本件は委任契約であると判断しているケースであるため、雇用主たる企業にとっては、十分に留意すべきケースであると考える。

(註)
労働基準法第12条(無予告解雇の条件)
労働者が以下の事由の一に該当する場合、雇用主は予告せずに契約を解除することができる。

  1. 労働契約を締結する際に虚偽の意思表示をし、雇用主を誤信させ、且つ損害を被らせるおそれがある場合。
  2. 雇用主、雇用主の家族、雇用主の代理人又は共に働くその他の労働者に対し暴行を加え又は重大な侮辱を与える行為を行った場合。
  3. 有期懲役以上の刑の確定判決を受け、執行猶予されず又は罰金刑への変更が許可されなかった場合。
  4. 労働契約又は就業規則に違反し、その情状が重大な場合。
  5. 機器、工具、原料、製品若しくはその他雇用主の所有する物品を故意に毀損し、又は雇用主の技術上、営業上の秘密を故意に漏洩し、雇用主に損害を被らせた場合。
  6. 正当な理由なく三日間連続して無断欠勤し、又は1か月の無断欠勤が6日に達した場合。 雇用主は前項第1号、第2号、又は第4号乃至第6号の規定に基づき契約を解除する場合、その事由を知った日から三十日以内に行わなければならない。

*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は、当事務所にご相談ください。

【執筆担当弁護士】

弁護士 黒田健二 弁護士 尾上由紀 台湾弁護士 蘇逸修