第112回 不法行為による損害~その2
皆さん、こんにちは。黒田日本外国法事務弁護士事務所の佐田友です。
1月16日の総統選、立法委員の選挙結果については皆さんご存じのはずですので特に触れませんが、韓国のアイドルユニットに所属する周子瑜(チョウ・ツウィ)さんの一件が、選挙結果に一定の影響を与えたというニュースは当たっているのではないでしょうか。私の住むマンションの管理人さんは、普段とても温厚な方なのですが、その方が投票日当日に非常に憤慨した様子で、周子瑜さんの一件を私に話し掛けてきたのが印象に残っています。報道を見る限り、民進党が台湾の政権運営を担うことになったとしても、中国の対台湾政策はなんら変更されないようですから、新たに総統に就任する蔡英文さんがどのような変化を台湾にもたらすのか興味深く見守りたいと思います。
遺失利益は含まれない
前回のコラムに引き続き、交通事故を含む不法行為によって発生した損害について、法律上、加害者にどのような賠償責任を負わせることになっているか紹介いたしますが、今回は被害者が死亡した場合にスポットを当てます。
台湾では日本の場合と異なり、被害者が死亡した場合の損害について具体的な内容を明記した規定が存在しています。民法にその規定は存在するのですが、「不法に他人の死をもたらした者は、医療費の負担、生活上の不足の増加、または葬儀費用の負担をした者に対しても、損害を賠償する責任を負う。死亡した者が第三者に対する法定の扶養義務を負っていた場合、不法行為者は、これにより生じた損害についてその第三者に対しても賠償する責任を負う」と、規定されています。つまり、被害者が死亡した場合、医療費用、一定の生活費、葬儀費用および扶養費用については加害者が賠償しなければなりませんが、実は、死亡した者が生きていれば得られたであろう逸失利益については、損害の範囲に含まれていないのです。この点が、日本と大きく異なっています。
死亡より高い傷害の賠償金?
台湾において、事故などの結果、被害が傷害にとどまる場合には、先週のコラムでも触れましたが、民法に「労働能力の喪失もしくは減少により生じた損害について被害者に賠償する責任を負う」ということを内容とする規定があり、当該規定が逸失利益を損害の範囲に含める根拠条文となっていますが、死亡事故になった場合に関する上述の規定には「労働能力の喪失により生じた損害」が含まれていないんですね~。
この結果、台湾では傷害にとどまる場合の賠償金額の方が、死亡の場合の賠償金額より多いということもそれなりにあるようです。このような事態が生じかねないことから、「事故を起こした加害者が、まだ生きている被害者に対する賠償金額が高額になるのを恐れ、さらに被害者をひき殺してしまった」という都市伝説のような事件の話まであるそうです(この話はうわさに違いないというのが同僚の考えでしたが)。
ちなみに日本では、法規に明文で規定されているわけではないですが、死亡した場合、傷害にとどまる場合の区別なく、逸失利益について損害賠償の範囲に含めて損害額を決定するのが裁判実務です。幼児や主婦の方についても死亡した場合の逸失利益の算定に関する裁判例があり、損害賠償の基準が出来上がっているといえます。
実際に、台湾で仮に交通事故に巻き込まれて死亡した場合において、加害者に対し裁判で損害賠償請求したとしても日本と比べて非常に低い金額の賠償しか認められないことが予想されます(原因は損害の範囲に逸失利益が含まれていないからというだけではないでしょうが)。台湾において、駐在員やその家族などが死亡事故に巻き込まれるなんてことは考えたくもない話ですが、「もしものときに備え、遺族のためにしっかりと金銭を残す」という観点から考えた場合、保険に加入しておくしかないのでしょうね~。
*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。
執筆者紹介
弁護士 佐田友 浩樹 (黒田日本外国法事務律師事務所 外国法事務律師)
京都大学法学部を卒業後、大手家電メーカーで8年間の勤務の後、08年に司法試験に合格。10年に黒田法律事務所に入所後、中国広東省広州市にて3年間以上、日系企業向けに日・中・英の3カ国語でリーガルサービスを提供。13年8月より台湾常駐、台湾で唯一中国語のできる弁護士資格(日本)保有者。趣味は月2回のゴルフ(ハンデ25)と台湾B級グルメの食べ歩き。