第52回 相場操縦行為について

2013年8月22日の台湾最高裁判所102年度台上字第3448号判決において、同一銘柄に対当する買い注文および売り注文の一連の発注が行われたとしても、有価証券の売買を誘引する目的を持たなければ、証券取引法第155条の相場操縦行為に当たらないとされた。

本件の概要は以下の通りである。

証券取引法155条1項5号の規定によれば、特定の有価証券の売買が活発に行われているとの誤解を他人に生じさせる目的をもって、同一人が自己または他人名義で同一銘柄について、売り注文と買い注文を連続して発注し、自己の注文を対当させる行為は、いわゆる相場操縦行為の一つとして、禁止されている。

証券会社の営業マンである被告Yは、T社株式につき、親族名義の証券口座を使って、信用取引及び現物取引により、成行買い注文を連続して発注し高値で約定させたり、自己の売り注文と買い注文を発注して対当させるなどの方法により、2006年9月8日に合計1,213,000株を買う一方、合計2,155,000株を売るなどした。
売買対当数量は815,000株で、Yは45,521台湾ドルの純利益を得た。

台北地方裁判所は一審で以下の通り判示した(11年2月1日の台湾桃園地方裁判所98年度台上字第1074号判決)。
Yが売買双方の当事者となり、同一の有価証券について一日に売りと買いの注文を連続して発注し、815,000株の自己の注文を対当させたことは、客観的に「対当売買」に該当する。そして、Yが実際に権利の移転を目的とせず、同一銘柄に売り注文と買い注文を出し、自己の注文を対当させることは、明らかにYが当該株式の売買状況に関し、活発に取引が行われているかのように誤解させる意図をもっているということができる。

従って、Yの行為は、証券取引法155条1項5号で禁止されている相場操縦行為に該当するとして、Yは有罪とされた。

Yは地裁の判決を不服として、高裁に控訴した。12年12月18日の台湾高等裁判所100年度金上訴字第13号判決は、以下のように判断して、一審の有罪判決を破棄し無罪とした。

信用買いと信用売りを同時に行なう両建て取引手法は、何回も同じ銘柄でデイトレードを行なうことができ、売建玉と買建玉の差に対して計算され、リスクヘッジとして有効な場合もある。両建てが証券取引法に禁止されていない以上、信用取引で同一銘柄を売・買両建てしている場合、たとえ自己の注文を対当させたとしても、意図的に対当売買が行われると断定することはできない。

また、有価証券の売買が活発に行われているとの誤解を他人に生じさせる目的とは、同一銘柄の売りと買いの注文を同時に出し、取引が活発に行われているように見せかけて、他の投資家を誘い込み、株価の吊り上げを図る目的をいう。
そのため、証券取引法155条1項5号で禁止されている「対当売買」とは、短期間に同一銘柄に売り注文と買い注文を頻繁、かつ、大量に連続して発注し、取引活況銘柄であるように見せかけ、他の取引参加者に誤解を与え、取引を誘引し、株価を引き上げる可能性が高い相場操縦行為である。

しかし、Yは一日に1,213,000株の買い注文と2,155,000株の売り注文を出し、そのうち815,000株の自己の注文を対当させたが、これらの取引は証券取引監視制度における異常取引基準の条件を満たしていないため、Yが対当売買を行い、取引が活発に行われているように見せかけて他の投資家を誘い込んだとは言い難い。

従って、Yの行為は、証券取引法155条1項5号で禁止されている相場操縦行為に該当しないとされた。

検察官は高裁の判決を不服として、最高裁に上告した。13年8月22日の最高裁判所102年度台上字第3448号判決は、以下の通り判示した。

証券取引法155条1項5号で禁止されている「対当売買」の主観要件としては、他の投資家を誘い込み、株価の吊り上げを図る目的が必要である。

また、「対当売買」の客観要件としては、短期間に同一銘柄に売り注文と買い注文を頻繁、かつ、大量に連続して発注していることが必要である。

客観的に同一銘柄での対当売買が行われたとしても、証券取引監視制度における異常取引基準の条件を満たしていなければ、取引が活発に行われているように見せかけて他の投資家を誘い込んだという目的をYがもっていることを立証することはできないので、相場操縦行為に該当しない。

原判決の理由が多少不当であっても、結果に影響を及ぼすことはないことを理由に、検察官の上告は棄却された。

台湾の証券取引法は、相場操縦行為規制において、有価証券の売買を誘引する目的という主観要件を設けていないが、裁判実務では、そのような不文の要件があるとして、規制対象を縮小解釈している点は注目すべきである。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

弁護士 尾上 由紀

早稲田大学法学部卒業。2007年黒田法律事務所に入所後、企業買収、資本・業務提携に関する業務、海外取引に関する業務、労務等の一般企業法務を中心として、幅広い案件を手掛ける。主な取扱案件には、海外メーカーによる日本メーカーの買収案件、日本の情報通信会社による海外の情報通信会社への投資案件、国内企業の買収案件等がある。台湾案件についても多くの実務経験を持ち、日本企業と台湾企業間の買収、資本・業務提携等の案件で、日本企業のアドバイザー、代理人として携わった。クライアントへ最良のサービスを提供するため、これらの業務だけでなく他の分野の業務にも積極的に取り組むべく、日々研鑽を積んでいる。

本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。