第80回 退職金放棄契約の効力について

台湾高等裁判所2014年労上易字第17号判決によれば、労働基準法における退職金に関する規定は労働者の権益を守るため制定されていることから、強行規定と解されるため、労使双方は民法第71条により予め退職金を放棄してはならないとされた。

本件の概要は以下の通りである。

甲は55才になり、また乙社での勤続年数は15年であった。そのため、甲は労働基準法に基づいて、乙に対して132万3351新台湾ドルの退職金を請求することができるはずであったが、乙は労働者保険がまもなく破産することを理由に、甲に労働者保険から脱退することを強要した。また、甲が請求できる退職金は51万1500新台湾ドルであり、しかも退職届に署名して始めて給付することができると甲を騙し、甲に退職届に署名させた。
甲は退職届に署名したが、依願退職の意思表示をしたわけではなく、乙と将来の退職金に関して合意をしたわけでもなく、また、退職届で記載されている退職金額をもって乙と合意に至ったわけでもなかった。
そこで、甲は退職届に記載されている退職金額が労働基準法第55条により計算した金額より低いことを理由に、問題となった退職届が当該強行規定に違反して無効であると主張した。

裁判所は審理の上、以下の判断を下した。

労働基準法は労働条件の最低基準を規定するものであるため、労使双方が合意する労働条件は労働基準法の基準を下回ってはならず、当該基準を下回る場合には、合意した労働条件は無効となる。
労働基準法における退職金に関する規定は、労働者の権益を守るために規定されていることから強行規定に該当し、労使双方は民法第71条により予め退職金を放棄してはならない。また、労使双方が労働者の退職時に取得できる退職金を協議する場合には、法律の強行、禁止規定に違反してはならず、また公序良俗に違背してはならず、退職金の協議によって労働基準法の強制的な義務を避けてはならない。

また、労働者が定年退職の条件を充たした場合には(依願退職及び強制退職を含む)、使用者は法に基づき定年退職手続きを行わなければならず、解雇、リストラ又は依願退職に変更してはならない。

本件では、甲乙間の合意によって甲が請求できる退職金は、労働基準法の基準よりはるかに低いため、当該基準を下回る部分は無効であり、労働基準法で定める基準が適用される。そのため、甲が請求できる退職金は129万4474新台湾ドルであることから、乙がすでに甲に支給した51万1500新台湾ドルとの差額である78万2974新台湾ドルを、追加で甲に対して支払わなければならない。

退職金について会社と労働者が合意する際には、当該合意が無効にならないよう、労働基準法の基準を念頭に置く必要がある。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

弁護士 尾上 由紀

早稲田大学法学部卒業。2007年黒田法律事務所に入所後、企業買収、資本・業務提携に関する業務、海外取引に関する業務、労務等の一般企業法務を中心として、幅広い案件を手掛ける。主な取扱案件には、海外メーカーによる日本メーカーの買収案件、日本の情報通信会社による海外の情報通信会社への投資案件、国内企業の買収案件等がある。台湾案件についても多くの実務経験を持ち、日本企業と台湾企業間の買収、資本・業務提携等の案件で、日本企業のアドバイザー、代理人として携わった。クライアントへ最良のサービスを提供するため、これらの業務だけでなく他の分野の業務にも積極的に取り組むべく、日々研鑽を積んでいる。

本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。