第84回 競業避止義務契約の有効性判断
退職後の競業避止義務を課すことについては、職業選択の自由を侵害する可能性があることから、裁判例で競業避止義務契約の有効性が争われるケースが少なくないが、この判断基準について、問題になった事件がある。
本件の概要は以下の通りである。
被告Yは1984年から高雄市にある原告X社に雇用され、2009年6月30日に研究開発部門の支配人としてXを定年退職した。YはXと01年に競業避止義務契約(「本件契約」)を締結したが、Xを退職した後の同年9月1日にXの直接の競業他社である、Z社に転職した。XはYに対し、本件契約に基づき、300万台湾ドルの違約金を求めたが、Yは、本件契約に地理的な制限がないことや禁止行為の範囲が過度に広範であること、また3年の義務期間が長すぎることから、本件契約は無効であると主張した。
13年6月26日台湾高等裁判所高雄支所102年度上字第55号判決は、Xの請求を棄却した一審の判決を維持し、以下の通り判示した。
(1)本件競業避止義務においては、退職後3年間はXと同種の業務を営む他社に対する労務提供が禁止されているところ、Xの会社登記資料によると、Xの業務内容は、高炉耐火物等の製造販売のほか、法令において禁止又は制限されていない業務も含まれている。また、Xの営業範囲は全台湾であり、またその製品は全世界で販売されているにもかかわらず、本件競業避止義務に地域的な限定がされていない。このような不明確、かつ、広範な競業避止義務によって、Yは退職後3年間にわたり、世界中いかなる場所でもXと同種の業務を営む他社に対する労務提供ができないことになり、Yの職業選択の自由の制約の程度は極めて強いものであるため、本件契約は合理的な範囲を超えており、無効である。
(2)Xは、Yが退職した2か月後に直ちに同じ高雄市において、しかも同様の高炉耐火物の製造販売というXの主要な営業項目において、直接の競合関係にあるZ社に転職したため、本件競業避止義務契約が合理的範囲においては有効であると主張しているが、弱い立場にある労働者を保護することを目的として、競業避止義務契約における条項が一部無効であれば、契約全体も無効となる。
(3)Xは代償措置について、競業避止義務契約の有効性を認めるための必要不可欠な条件ではなく、違約金の額の減算要素に過ぎないと主張しているが、弱い立場にある労働者を保護することを目的として、競業避止義務により労働者に生じる損害を補填しなければならず、本件契約においては明示的な代償措置が設けられていないため、無効となる。
Xは高裁の判決を不服として、最高裁に上告した。14年4月30日最高裁判所103年度台上字第793号判決は、以下の通り判示した。
(1)本件契約がYの職業選択の自由を制約する程度は極めて強いものであるため、合理的な範囲を超えており、無効であるとの控訴審の判断は、法に反していない。
(2)本件契約はそもそも合理的な範囲を超えており、無効であるから、Yは競業避止義務を負わないものとする。代償措置について原判決の理由が多少不当であっても、結果に影響を及ぼすことはない。
競業避止義務契約における不当条項を抑止するために、オール・オア・ナッシングで、条項の一部無効については、契約全体が無効となるものとしている本件高裁判決の見解に対して、契約の当事者の自己決定を可能な限り尊重するという趣旨から、合理的な範囲を超えて条項の一部が無効の場合にも、合理的な範囲に留まっている残部の効力に影響が及ばないとしている裁判例(14年2月25日台湾高等裁判所102年度労上字第53号判決、14年10月23日最高裁判所103年度台上字第2215号決定は上告棄却)もある。
このように、競業避止義務契約の有効性の判断基準は分かれているため、さらに、今後の裁判の動向を見守ることが非常に重要である。
*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。
執筆者紹介
早稲田大学法学部卒業。2007年黒田法律事務所に入所後、企業買収、資本・業務提携に関する業務、海外取引に関する業務、労務等の一般企業法務を中心として、幅広い案件を手掛ける。主な取扱案件には、海外メーカーによる日本メーカーの買収案件、日本の情報通信会社による海外の情報通信会社への投資案件、国内企業の買収案件等がある。台湾案件についても多くの実務経験を持ち、日本企業と台湾企業間の買収、資本・業務提携等の案件で、日本企業のアドバイザー、代理人として携わった。クライアントへ最良のサービスを提供するため、これらの業務だけでなく他の分野の業務にも積極的に取り組むべく、日々研鑽を積んでいる。
本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。