第88回 会社責任者の義務違反に伴う法的責任と法人格否認

会社法23条1項は、会社責任者が忠実義務、善管注意義務に違反して会社に損害を与えた場合、損害賠償責任を負わなければならないとされている。この点に関連して、会社責任者が実質的な一人会社の株主の指示に従って違法行為を遂行したにすぎない場合に、会社が会社責任者に対し損害賠償を請求することができるかが問題になった事件がある。

本件の概要は以下の通りである。

X社は2001年、02年及び03年に、実際の取引がなかった複数の会社から、合計約400万台湾元で当該会社の発行した専用領収書を「買った」後、仕入れの証憑として税務署に申告し、これにより法人税を脱税した。脱税が発覚して告発され、当時のX社の経理会社責任者Yが07年に偽造私文書行使罪等に問われ、X社も08年及び09年に国税局により合計約500万台湾元の過料を科された。

そこで、X社は13年に不法行為及び会社法23条1項に基づき、合計約900万台湾元を損害としてYに請求した。

04年10月14日台湾高等裁判所102年度重上字第895号判決は、以下の通り判示し、X社の約500万台湾元の損害賠償請求を認めた一審判決(03年10月14日台湾士林地方裁判所102年度重訴字第104号判決)を破棄し、約282万台湾元の請求のみ認めた。

(1)不法行為による損害賠償の請求権は、X社が09年に損害を知った時から2年間行使しなかったため、時効によって消滅している。他方、会社法23条1項による損害賠償の請求権については、会社責任者と会社との委任関係に由来するものであることから、不法行為ではなく、民法の委任契約に関する規定が準用されるため、2年の消滅時効は適用されない。

(2)法人である会社は株主とは別個の人格が与えられ、独立して権利義務の主体となるが、一人会社又は実質的な一人会社の場合には、株主有限責任の濫用やモラル・ハザードの弊害を防止するため、法人格否認の法理に基づいて、会社と株主の分離原則を否定して、株主に会社の債務を負わせることができる。これを敷衍すれば、会社責任者が一人会社の株主の指示に従って違法行為を遂行することによって会社に損害を与えた場合は、一人会社の株主自らの行為による自らの損害と同視すべきであり、当該会社が会社責任者に対して当該損害の主張をすることは、信義則に反し許されない。

本件においては、X社の責任者としてYの上記行為は善管注意義務に違反してX社に損害を与えたといえる。しかしながら、形式的にはX社の株主が複数いるとはいえ、実際の出資者であるZ以外の株主はZの配偶者及び子女であり、また、Z以外の株主は実際には出資していないので、Zが生存していた02年までは、X社は実質的な一人会社といえる。そのため、Yが01年及び02年にZの指示に従って遂行した上記違法行為によってX社に生じた損害について、X社が賠償請求の主張をすることは、法人格否認の法理の趣旨に照らして信義則に反し許されない。Zの死後の03年におけるYの上記違法行為に限って、X社に生じた損害の約282万台湾元の請求が認められる。

本裁判例は、会社の債権者のケースだけではなく、会社責任者のケースにも「法人格否認の法理」の適用を認めた点で注目すべき裁判例であるといえる。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

弁護士 尾上 由紀

早稲田大学法学部卒業。2007年黒田法律事務所に入所後、企業買収、資本・業務提携に関する業務、海外取引に関する業務、労務等の一般企業法務を中心として、幅広い案件を手掛ける。主な取扱案件には、海外メーカーによる日本メーカーの買収案件、日本の情報通信会社による海外の情報通信会社への投資案件、国内企業の買収案件等がある。台湾案件についても多くの実務経験を持ち、日本企業と台湾企業間の買収、資本・業務提携等の案件で、日本企業のアドバイザー、代理人として携わった。クライアントへ最良のサービスを提供するため、これらの業務だけでなく他の分野の業務にも積極的に取り組むべく、日々研鑽を積んでいる。

本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。