第94回 不動産の二重売買と債務不履行による填補賠償

不動産が第一買主と第二買主に二重に売買され、第二買主が先に登記を取得した場合、売主の第一買主への不動産引渡債務は填補賠償債務に転化することになる。
この点に関連して、第一買主が手付の額を超える損害の賠償を求めることができるかが問題になった事件がある。

本件の概要は以下の通りである。

買主Xは、売主Yと、不動産仲介会社を通じて、2000年11月12日に8つの不動産を合計6800万台湾元で買い受ける旨合意し、Yに対し、手付として500万台湾元を交付した。ところが、Yは、決められた期限までに書面による売買契約の締結に応じず、さらに00年12月21日、22日、28日及びその後に、合計1億90万台湾元で本件8つの不動産を、次々に第三者に売り渡し、所有権移転登記をした。
そこで、Xは00年12月28日にYの債務不履行を理由とする契約解除を行い、Yに手付の倍額の支払いを求めたところ、Xの請求は認容され確定した(09年12月31日台湾高等裁判所97年度上更(四)字第126号判決)。
さらに、Xは契約解除に基づく損害賠償として、違約手付500万台湾元を控除した、逸失利益1740万台湾元の支払いを求めた。これに対し、Yは、XY間の手付契約に基づき、手付の倍額を支払えば足りると主張した。

14年12月18日最高裁判所103年度台上字第2623号判決は、Xの請求を棄却した二審の判決を維持し、以下の通り判示した。
本件手付契約第3条には、「買主が期限内に代金支払い義務を履行しない場合に手付は売主に没収され、売主が義務を履行しない場合に売主は買主に手付の倍額を支払わなければならない。ただし、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を償還して、契約の解除をすることができる」と規定されている。
そのため、本件手付契約によれば、本件手付は違約手付と解約手付との性質を有しており、かつ、債務不履行に基づく損害賠償額の予定総額を兼ねる手付の性質も有しているものと解すべきである。
従って、YはXに手付の倍額を償還していることから、Xは手付の額を超える損害の賠償を請求することはできない。

なお、台湾民法248条、249条が規定している手付は、証約手付及び違約手付の性質を有するに過ぎないことから、あらかじめ個別契約で、解約手付である旨や損害賠償額の予定について定められていなければ、債権者は手付の額を超える損害の賠償を請求することができる可能性がある。

また、二重売買のケースで、売主が目的物を引き渡さないことを理由に、売買契約が解除された場合、第一買主が売主から賠償を受けられるときには、当該賠償の金額について、第一買主が当該不動産を転売して利益を得るために買い受けたことを証明しなくても、売主が第二の売買から得た利益、すなわち、第一売買の代金と第二売買の代金との差額を損害として賠償請求することができるとの判例法理が形成されている(92年11月27日最高裁判所81年度台上字第2774号判決、90年8月31日最高裁判所79年度台上字第1840号判決)。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

弁護士 尾上 由紀

早稲田大学法学部卒業。2007年黒田法律事務所に入所後、企業買収、資本・業務提携に関する業務、海外取引に関する業務、労務等の一般企業法務を中心として、幅広い案件を手掛ける。主な取扱案件には、海外メーカーによる日本メーカーの買収案件、日本の情報通信会社による海外の情報通信会社への投資案件、国内企業の買収案件等がある。台湾案件についても多くの実務経験を持ち、日本企業と台湾企業間の買収、資本・業務提携等の案件で、日本企業のアドバイザー、代理人として携わった。クライアントへ最良のサービスを提供するため、これらの業務だけでなく他の分野の業務にも積極的に取り組むべく、日々研鑽を積んでいる。

本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。