第124回 委託元企業およびその従業員の 委託先従業員に対する不法行為責任

台湾最高裁判所は、2015年9月18日付2015年度台上字第1773号の民事判決において、委託元企業およびその従業員の委託先従業員に対する不法行為責任を認めた。

上記事件の概要は次の通りである。

Y1社は、ある建物(「本件建物」)を購入者に引き渡す前に室内清掃作業(「本件作業」)を別の会社であるA社に委託した。A社は、06年9月19日に、自社の従業員である甲を派遣して本件作業を行わせた。ところがY1社は本件建物の2階のある部屋に室内階段を設置するために設けた開口部(「本件開口部」)があることを、事前にA社に知らせておらず、また労働者安全衛生法などの関連規定に従って危険防止措置を講じなかった。さらにY1社のマネジャー兼工事現場責任者であるY2も、本件開口部に作業時の不注意による落下防止措置を講じていなかった。

その結果、甲は上記部屋における本件作業時に不注意により本件開口部を覆う防護用の酸化マグネシウム板を踏み破って1階の地面に落下し、死亡するという事態に至った。

そこで、甲の遺族XはY1社およびY2に対し、不法行為に基づく損害賠償を請求した。

これに対し、Y1社は、自己はXの雇用主ではなく、また、Y2もY1社の営業・購買責任者であるに過ぎず、本件建物の工事現場責任者ではないため、いずれも、甲の死亡について責任を負う必要はないと主張した。

注意喚起をしていたか

本件の第二審の台湾高等裁判所および第三審の台湾最高裁判所は、いずれもY1社およびY2の主張を認めなかった。

主な理由は以下の通りである。

まず、Y2は、本件作業の委託および同委託に関する安全維持を担当していることから、本件作業をA社に委託し、同社の従業員を本件開口部がある危険な環境に入らせて作業させる以上は、当然のことながら同従業員に危険が生じることを防止する義務がある。

また、Y2は本件開口部が重さに耐えられない酸化マグネシウム板のみで覆われ、適切な転落防止柵や警告表示を別途設置しなかった場合には、A社の従業員が踏み誤って死傷する事態が極めて容易に起こることが予見できたため、当然のことながら警告表示および適切な強度の柵、手すり、ふたなどの防護措置の設置に注意しなければならず、また本件作業をA社に委託する際に、同社の従業員に安全について注意させるため、危険につき詳細かつ具体的に知らせなければならなかった。

それにもかかわらず、Y2は本件開口部において適切な転落防止柵または警告表示を別途設置せず、また防護措置を講じるようA社に知らせなかったため、甲が本件開口部を踏み誤ってビルから転落して死亡するという事態に至ったことから、甲の死亡については、明らかにY2に過失があり、民法第184条第1項の前段規定に基づき、損害賠償の責任を負わなければならない。

また、Y1社は上記Y2の不法行為について使用者責任を負うことから、民法第188条第1項の前段規定に基づき、損害賠償の責任を負わなければならない。

一定の場合には、委託元企業およびその従業員は、委託先従業員に対し、不法行為責任を負うことがあることに注意が必要である。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

弁護士 尾上 由紀

早稲田大学法学部卒業。2007年黒田法律事務所に入所後、企業買収、資本・業務提携に関する業務、海外取引に関する業務、労務等の一般企業法務を中心として、幅広い案件を手掛ける。主な取扱案件には、海外メーカーによる日本メーカーの買収案件、日本の情報通信会社による海外の情報通信会社への投資案件、国内企業の買収案件等がある。台湾案件についても多くの実務経験を持ち、日本企業と台湾企業間の買収、資本・業務提携等の案件で、日本企業のアドバイザー、代理人として携わった。クライアントへ最良のサービスを提供するため、これらの業務だけでなく他の分野の業務にも積極的に取り組むべく、日々研鑽を積んでいる。

(本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに執筆した連載記事を転載しております。)