第132回 労働者同意の退職金減額の適法性 

台湾高等裁判所は2015年11月24日付15年労上字第63号判決において、労働者が定年退職金の減額を自ら受け入れた場合、雇用主と労働者が労働基準法に定められる最低基準の労働条件を下回ることをあらかじめ定めたことにはならず、労働基準法第1条第2項、第55条の規定の違反により無効となることはないと判断した。

減額同意書に署名

本件の概要は次の通りである。

控訴人である甲および乙は被上告人である丙社の従業員として勤務していたが、丙社は景気の悪化および丙社の責任者が高齢になったことを理由に、12年8月9日に甲、乙など定年退職の申請が可能な条件を満たしている従業員との間で定年退職協議会議を開催した。同会議に出席した従業員は、自ら定年退職を申請すること、および、定年退職金の基礎となる月額平均賃金を6割に減額した上で1カ月分を加算するという方法で定年退職金を計算することに同意し、丙社は甲、乙などの従業員と共同で同意書(以下「本件同意書」という)を交わした。

ところが、甲、乙は後になって本件同意書にかかる同意を撤回し、定年退職金を減額せずに、労働基準法の規定に従って支給するよう丙社に求めた。

退職金の債権放棄に等しい

裁判所は甲および乙の控訴を棄却したが、その主な理由は次の通りである。

1.労働基準法第1条第2項には、雇用主と労働者との間において定める労働条件は、本法に定められる最低基準を下回ってはならないと明確に定められている。ただし、①労働者が自ら定年退職を申請することができる条件を満たしており②いつでも定年退職することを主張し、かつ、法に基づき定年退職金の給付請求権を行使することができる場合において③雇用主が経済上の優越的な立場を乱用せず④同意書への署名が完全に自由な状況に労働者を置き⑤労働者による決定および選択の可能性に影響を及ぼさず⑥労働者がその自由意志に基づき、自ら定年退職を申請しかつ雇用主の退職金給付責任を減らすことに同意した──ときは、これは労働者が、既に発生している定年退職金の債権の一部を放棄したことになり、雇用主と労働者が労働基準法に定められる最低基準の労働条件を下回ることをあらかじめ定めたことにはならず、当然のことながら労働基準法第1条第2項、第55条の規定の違反により無効となることはない。

2.甲、乙は定年退職協議会議において、自ら定年退職することを自身で決定し、本件同意書に署名しており、定年退職金の基礎となる月額平均賃金を6割に減額した上で1カ月分を加算するという方法で、定年退職金を計算することを受け入れている。

なお、上記の裁判例が適用されるには、少なくとも上記1.①〜⑥の要件が満たされる必要があると考えられる。また、今回は、既に発生している定年退職金の減額の同意を債権の一部放棄として構成していることから、まだ発生していない定年退職金についても、上記判例が適用されるかについては、慎重な検討が必要である。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

弁護士 尾上 由紀

早稲田大学法学部卒業。2007年黒田法律事務所に入所後、企業買収、資本・業務提携に関する業務、海外取引に関する業務、労務等の一般企業法務を中心として、幅広い案件を手掛ける。主な取扱案件には、海外メーカーによる日本メーカーの買収案件、日本の情報通信会社による海外の情報通信会社への投資案件、国内企業の買収案件等がある。台湾案件についても多くの実務経験を持ち、日本企業と台湾企業間の買収、資本・業務提携等の案件で、日本企業のアドバイザー、代理人として携わった。クライアントへ最良のサービスを提供するため、これらの業務だけでなく他の分野の業務にも積極的に取り組むべく、日々研鑽を積んでいる。

(本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに執筆した連載記事を転載しております。)