第192回 医療紛争の立証責任について

最高裁判所は2017年6月5日、「医療紛争における医師の過失の有無を判断するに当たっては、医師と患者との間には医学的な専門知識について差があることから、訴訟を提起された医師が自らに過失がないことを証明しなければならない」と説明した。最高裁判所の上記の見解は、各界の大きな論争を引き起こした。

本案の概要は次の通りである。

A女は07年2月、某スポーツジムのサウナで滑って転倒して頭部を打ち付け、台大病院の救急センターに搬送されたが、意識不明の状態が続き、同年12月に死亡した。

A女の夫であるB男は、台大病院の急診医師2人が当時、速やかに応急措置を行っておらず、また同病院の主治医師もこの2人の若い医師に対してしっかり指導を行っていなかったとして、医師3人および台大病院に対し、医療費、葬儀費用および慰謝料計1,200万台湾元余りを連帯して賠償するよう請求した。

専門知識に差

本案の第一審および第二審の裁判官はいずれも、関連する証拠資料では、医師3人がA女に対して必要な治療を行っていなかったこと、または医学的準則に違反していたことを証明することができないと判断したため、B男敗訴の判決を下した。B男は上訴し、第三審の最高裁判所は第一審および第二審の見解を覆し、次のように判断した。

民事訴訟法第277条(自己に有利となる事実を主張する場合、当事者はその事実について立証する責任を有する。ただし、法律に別途規定がある場合、またはその状況により明らかに公正を失う場合はこの限りではない)に基づき、「被告の行為は原告に対して損害をもたらすものである」と原告が考える場合、被告の行為と損害結果との間の因果関係については、原則として原告側がその立証責任を負う。

しかしながら、本件は重大な医療紛争であり、被告である医師と原告との間には医学的な専門知識についての差があるため、民事訴訟法第277条のただし書きに基づき、訴訟を提起された医師側が自らに過失がないことを証明しなければならない。よって、B男の上訴を認める。

最高裁判所の上記の見解は各界の大きな論争を引き起こした。その主な理由は、本件紛争は既に第三者による鑑定を受けており、そこでは医師による過失があると判定されなかったことにある。刑事の面においても、検察官は医師に過失がないと判断し、不起訴処分となった。その一方で、B男は元裁判官であり、最高裁判所の本案の裁判官とは過去に同僚関係にあったため、各方面からのさまざまな憶測を呼んだ。

現在、本案の第二審判決は最高裁判所によって破棄され、高等裁判所に差し戻して再審理中である。最終的に高等裁判所が原判決を変更して医師敗訴とした場合、今後、医療紛争の立証責任を誰が負うかという問題に大きな影響を及ぼすことだろう。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

台湾弁護士 蘇 逸修

国立台湾大学法律学科、同大学院修士課程法律学科を卒業後、台湾法務部調査局へ入局。数年間にわたり、尾行、捜索などの危険な犯罪調査の任務を経て台湾の 板橋地方検察庁において検察官の職を務める。犯罪調査課、法廷訴訟課、刑事執行課などで検事としての業務経験を積む。専門知識の提供だけではなく、情熱や サービス精神を備え顧客の立場になって考えることのできる弁護士を目指している。

本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。