第7回 人員削減(リストラ)(7)~実務上の注意点2~

Q:上海市所在の独資企業X社(従業員300人規模)は、生産型企業として、自社工場で製品を製造し販売してきました。しかし、一向に利益が上がらないため、解散(閉鎖)する予定であり、解散に伴う人員削減が必要となりました。以前、同じ親会社の子会社Y社(広東省所在、X社と同規模)が解散に伴う人員削減を実施した際には、計画段階で人員削減の実施が従業員に漏れ、結果として従業員による大規模な労働紛争が生じてしまい、解決に多くの時間とコストを要しました。X社は、X社の人員削減では是が非でもY社のような事態が生じないようにしたいと考えています。
X社はどのようなスケジュールで人員削減を進めていくべきでしょうか?

A:X社は、Xデー当日を中心にして、「事前準備段階」、「Xデー当日」及び「事後処理段階」の三段階のスケジュールで人員削減を進めていくべきです。

解説

1 はじめに(Xデーを中心としたスケジュール)

 人員削減の実施にあたっては、大規模な労働紛争を生じさせないことが最重要事項の一つです。大規模な労働紛争が生じた場合、親会社やグループ内の兄弟会社のレピュテーションを下げるばかりか、日本からの出向者の身体・生命に危険が及ぶ可能性もあります。大規模な労働紛争を生じさせないためには、どのタイミングで人員削減の実施(解散する場合には解散を含む)を従業員に告知するかが重要であり、この重要性から告知日はXデーと呼ばれ、人員削減の実施スケジュールもXデーの日時を中心に考えることになります。そして、解散に伴う人員削減は、正確にいえば、労働契約法(以下「本法」といいます)第41条で規定する法定の人員削減ではなく(本法第44条に基づく労働契約の終了に該当します)、必ずしも本法第41条で規定する手続に従う必要はありません。このため、Xデーも同条の規制を受けることなく、会社側で設定できます。

以下では解散に伴う人員削減の実施スケジュールについて、「事前準備段階」、「Xデー当日」及び「事後処理段階」に区分して、その注意点をご紹介致します。なお、拙稿「人員削減(リストラ)(6)~実務上の注意点1~」でも言及しましたとおり、やはり「事前準備段階」が最も重要といえます。

2 事前準備段階

 事前準備段階では主として以下の事項の検討、決定を行います。

①Xデーの決定
 まず、Xデーを、清算に伴う取引先への供給責任の存続期間、キャッシュフローの準備、自然減利用[4]の有無、給与計算上の便宜等を加味して決定します。Xデーの決定後、Xデーから逆算して事前準備段階のスケジュールを決め、Xデーを境として事後処理段階のスケジュールを決めることになります。

②会社の意思決定
 会社の解散を行うためには、会社においてその旨の意思決定を行う必要があります。解散の意思決定は、独資企業では株主会で、中外合弁企業では董事会で行います。

③清算までの生産体制の確認、実行
 取引先への供給責任を踏まえて、清算までに必要な製品数量、供給期間を算出した上で、これに基づいた生産体制の確認、実行をすることになります。Xデー当日までは従業員に清算・人員削減の事実を悟られないようにする必要がありますので、できる限り従前の生産体制を大きく変更しないことが望ましいといえます。このため、例えば、供給期間の最終日から逆算した上で、Xデー当日までは従前どおりないしは数量を増やして生産し、Xデー後から供給期間の最終日までは生産しておいた製品を納品することなどが考えられます。

④人事DD及び想定問答の作成
 拙稿「人員削減(リストラ)(6)~実務上の注意点1~」でも言及しましたとおり、事前準備の中でも特に重要なものとして、人事DD及び想定問答の作成が挙げられます。
本稿ではスケジュールの観点から補足しますと、人事DDにおいて違法が見つかった場合にはその違法を是正する必要がありますので、人事DDに早めに着手するに越したことはありません。もっとも、従業員に清算・人員削減の事実を悟られないようにするため、例えば年度末監査などの不自然ではない名目で実施すべきことになります。
これに対して想定問答については、従業員が清算・人員削減の事実を知り質疑応答を行うとき、つまりXデーまでに完成させておく必要があります。

➄経済補償金等の計算及びキャッシュの準備
 人員削減に伴い、会社は従業員に対して、経済補償金、未消化法定有給休暇の補償、労働契約終了までの賃金、及び(ある場合)その他の補償を支払います。これらは各個人ごとに計算しなければならず、規模の大きな人員削減の場合には時間を要しますので、速やかに着手する必要があります。
また、規模の大きな人員削減では、その経済補償金等の合計額が比較的大きくなることが予想されますので、これを支払うための人民元キャッシュの準備も怠らないようにしなければなりません。

⑥Xデー当日のための準備
 Xデー当日までの準備として、会場設営や保安体制の確認を行っておくことになります。保安体制に関し、保安業務を自社の従業員に行わせる場合、情報が洩れる可能性があるために事前の打ち合わせができない上に、保安業務を行う従業員自身が人員削減の対象になることからXデー当日に保安業務を忠実に行うかが不確定となります。このため、Xデー当日の保安業務については外部に委託した方がⅩデー当日に向けてスムーズに準備できます。

⑦労働当局等の政府機関への報告
 解散に伴う人員削減では、法定の人員削減とは異なり、法律上は労働当局への届出は不要です。しかし、解散に伴う人員削減においても、労働当局には報告を行っておくべきであると考えます。なぜなら、従業員が人員削減に不満を持った場合、現地の労働当局に照会を行う可能性が高いですが、事前に労働当局に報告を行い、人員削減の具体的な根拠や補償内容等を十分に説明しておくことで、従業員から照会があった際にも適切な回答をしてもらえると考えられるからです。
 また、労働当局に加え、大規模な労働紛争に備えて公安局にも事前に報告すべきです。

3 Xデー当日

 Xデー当日の大まかな流れは次のとおりです。

①労働組合等への事前説明
 解散に伴う人員削減では、法律上は必ずしも労働組合等に事前の説明をする必要はありません。もっとも、従業員全体への説明前に、従業員の代表である労働組合等に説明を行っておき、会社が従業員側に十分に配慮していることを示すべきであると考えます。

②出席名簿の作成
 出席名簿を作成し、告知や署名等が漏れている従業員がいないかを確認できるようにしておきます。

③従業員全体への告知、説明
 始めに経営責任者である総経理が会社の解散及び人員削減の実施に関する告知、説明を行い、その後会社の総務、人事担当等又は会社の代理人から、詳細な事項(今後のスケジュール、人選理由、経済補償金の内訳等)を説明します。

④質疑応答
 従業員からの質問を受け付けた上で、事前に準備した想定問答に基づいた回答を行います。回答者が多数存在すると、回答間に矛盾が生じる可能性がありますので、回答者を一本化しておくことが重要です。

➄署名手続
 最後に各従業員に「確認書」等の表題とした書面に署名してもらいます。当該書面は、労働契約の終了、経済補償金の額、会社と従業員間に当該書面に記載された事項以外に債権債務がないこと等を確認する旨の内容とします。解散に伴う人員削減でも、法定の人員削減でも、法律上、必ずしも従業員からの同意を得る必要はありませんが、上記書面に署名をさせておくことで、労働紛争が生じるリスクの低減を図ることができます。

4 事後処理段階

 Xデーの終了後、人事関連の主な事後処理として、①従業員による貸与物等の返還、②使用者による経済補償金等の支払い、及びその他の退職手続(契約終了証明の発行、個人ファイル、社会保険の移転手続等)の実施、③清算協力従業員との再契約を行うことになります。


*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。

*本記事は、Mizuho China Weekly News(第761号)に寄稿した記事です。