第11回 使用者からの労働契約の解除(4)~即時解除(職務怠慢の従業員について)~
Q:上海市所在の独資企業X社は、自社店舗での製品の販売を行っており、当該店舗における売上現金の管理(銀行への預金等)は、当該店舗の副店長である従業員Aに一任していました(労働契約上にもその旨を明記)。そうしたところ、先月(2月)下旬に、会計事務所の指摘によって、1月17日及び1月19日の売上現金(合計約1万元)が見当たらないことが明らかとなり、このことについてAに確認しても、Aは「よくわからない」との回答を行うのみでした。結局、警察にも届出たものの、それらの現金が見つかることはなく、X社は合計約1万元の損害を被りました。このため、X社は、Aに対して、「重大な職務怠慢・・・があり、使用者に重大な損害を与えた場合」との労働契約解除事由に該当することを理由に、労働契約を解除する旨の通知を行いました(労働契約及びX社の就業規則等には、当該解除事由に関して特段の定めはありません)。そうしたところ、Aは、上記一連の事実の存在は認めたものの、「会社が上記解除事由を用いる場合、内部規程に、『重大な損害』に関する具体的な定めを置かなければならないはずである」と述べ、労働契約の解除を拒否する態度を示しています。仮にAとの間で労働仲裁又は訴訟となった場合、X社による上記労働契約の解除は認容されるでしょうか?
A:X社による労働契約の解除は、労働仲裁又は訴訟において認容される可能性が十分にあると考えられます。
解説
1 即時解除事由(重大な職務怠慢の場合)
(1)使用者からの労働契約の即時解除
労働契約法(以下「本法」といいます)第39条では、事前の予告なしに使用者から労働契約を一方的に解除する場合、すなわち、労働契約の即時解除について定めており、即時解除が可能な事由を以下のとおりとしています。
①試用期間において採用条件に不適格であることが証明された場合
②使用者の規則制度に著しく違反した場合
③重大な職務怠慢、私利のための不正行為があり、使用者に重大な損害を与えた場合
④労働者が同時に他の使用者と労働関係を確立しており、使用者の業務上の任務の完成に重大な影響を与え、又は使用者から是正を求められたもののこれを拒否した場合
⑤本法第26条第1項第1号に規定する事由により労働契約が無効となった場合
⑥法に従い刑事責任を追及された場合
本件でX社が行った労働契約解除の通知は、上記事由③「重大な職務怠慢・・・があり、使用者に重大な損害を与えた場合」に該当することを理由にしたものであることがわかります。
(2)「重大な職務怠慢」及び「重大な損害」についての法令の定め
ア 「重大な職務怠慢」について
現在の法令には、「重大な職務怠慢」について、その定義等を定めたものはありません。
イ 「重大な損害」について
「重大な損害」という点については、「『労働法』の徹底的実施にあたっての若干の問題に関する意見」[3](以下「労働法意見」といいます)第87条において、以下のとおり言及がなされています。
【「重大な損害」(「労働法意見」第87条)】
労働法第25条第3号における「重大な損害」については、企業の内部規程で定めるべきものであり、全国的にその解釈を統一することは容易ではない。使用者がこれを理由に労働契約を解除し、労働者との間に労働紛争が生じ、当事者が労働紛争仲裁委員会に仲裁を申し立てたときは、労働紛争仲裁委員会はその企業の形態、規模、損害の程度等の状況に基づき、企業の規則に定めた「重大な損害」に対して認定を行う。
上記のとおり、「労働法意見」第87条では、「重大な損害」については、企業の規模等を考慮した上で企業の内部規程で定めるべきものとされており、このため、企業の内部規程において「重大な損害」に該当する場合がどのような場合かを明確に定めていなければ、「重大な職務怠慢・・・があり、使用者に重大な損害を与えた場合」に該当することを理由とした労働契約の解除は行えないとの解釈もあるようです。
(3)「重大な職務怠慢」及び「重大な損害」についての上海市の司法実務
ア 「重大な職務怠慢」について
上海市中級人民法院が下した近時のいくつかの裁判例を参照すると、「重大な職務怠慢」を立証するためには、以下の3点を立証する必要があることがわかります。
①労働者が当該特定業務についての職責を有していること
②労働者が当該特定業務についての職責を忠実に履行していないこと
③②の程度が重大な程度に至っていること
また、同人民法院の裁判例には、労働者が店舗の現金預金業務の職責を負っている(上記①に相当)期間中に、現金の紛失があり、紛失後、労働者がすぐに紛失したことに気づかず、かつ会社が当該労働者になぜ紛失したかを尋ねたものの、「よくわからない」との回答を行った(上記②及び③に相当)との事実を認定した上で、当該行為は「重大な職務怠慢」に該当するとするものがあります。
イ 「重大な損害」について
この点についても、上海市中級人民法院が下した近時のいくつかの裁判例を参照すると、「重大な損害」を立証するためには、以下の2点を立証する必要があることがわかります。
①使用者に経済上又はその他の方面(例えば信用)における損害が生じていること
②①の損害の程度が重大な程度に至っていること
また、同人民法院の裁判例には、労働者の「重大な職務怠慢」行為によって、会社に合計1万0160元の損害が生じたとの事実を認定した上で、これが「重大な損害」に該当するとするものがあります。
なお、上記(2)イにおいて、「重大な損害」については、企業の内部規程で定めるべきものであるとされていることに言及致しましたが、少なくとも近時の上海市の裁判例では、内部規程における「重大な損害」の定めの有無に触れることなく(つまり、内部規程上に「重大な損害」の定めがあるか否かに関わらず)、「重大な損害」を認定しています。
2 本件
それでは、本件において、上記1で検討した「重大な職務怠慢」及び「重大な損害」が認められるでしょうか?
まず、「重大な職務怠慢」については、X社の店舗における売上現金の管理(銀行への預金等)は、当該店舗の副店長であるAに一任されており、そのことは労働契約上にも明記されています。このため、Aは売上現金の管理業務についての職責を有しているといえます。そうであるにも関わらず、会計事務所の指摘(Aによる指摘ではない)によってようやく2日間の売上現金が見当たらないことが明らかとなり、またこのことについてAは「よくわからない」との回答しか行えていません。当該事実は、Aが当該売上現金の管理業務の職責を忠実に履行しておらず、またその程度が重大な程度に至っているといえそうです。
次に、「重大な損害」については、Aによる「重大な職務怠慢」行為によって、X社には合計約1万元の損害(経済上の損害)が発生しています。この点についても、上海市中級人民法院の裁判例を参考にすれば、X社に発生した約1万元の損害をもって、その損害の程度が重大な損害に至っているといえそうです。
以上のことから、X社による労働契約の解除は、労働仲裁又は訴訟において認容される可能性が十分にあると考えられます
なお、Aは「会社が上記解除事由を用いる場合、内部規程に、『重大な損害』に関する具体的な定めを置かなければならないはずである」と述べていますが、少なくとも近時の上海市の裁判例においては、内部規程上に「重大な損害」の定めがあるか否かに関わらず、「重大な損害」が認定されているようですので、上海市における労働仲裁又は訴訟では、Aのこの反論は成立しない可能性が高いと考えられます。
もっとも、「労働法意見」第87条が、「重大な損害」について「全国的にその解釈を統一することは容易ではない」と言及していることからもわかるように、いかなる場合に「重大な損害」に該当するかの解釈、またその立証は容易ではないことが予想されます。このため、やはりあらかじめ就業規則等の内部規程において、どのような場合に「重大な損害」に該当するかを明確にしておくべきであると考えられます。ただし、その際には、会社の形態、規模、損害の程度等の観点から、合理的な内容を定める必要があることに留意が必要です。
*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。
*本記事は、Mizuho China Weekly News(第709号)に寄稿した記事です。