第13回 使用者からの労働契約の解除(6)~即時解除(契約無効事由がある従業員)~
Q:上海市所在の独資企業X社は、現地化の一環として、中国人従業員を増やすことを決め、実際に以下の者を、契約期間1年(試用期間1か月)で採用しました。
法務部従業員A:法務部従業員は法律の素養がある者を採用する方針とし、中国の大学の法学部を卒業し、かつ2016年の司法試験にも合格したというAを採用しました。なお、Aは、採用面接時に履歴書とともに大学の卒業証書及び2016年の司法試験成績通知書を提出しました。
総務部従業員B:総務部従業員は協調性がある者を採用する方針とし、採用面接での受け答えが明朗であったBを採用しました。なお、Bは、採用面接時に履歴書を提出しました。
採用から2か月が経過し、Bは総務部の仕事を十分にこなしている一方で、Aは法務部での仕事に全く適性を欠いていました。Aにヒアリングをしたところ、Aは「実は法律を学んだことはなく、提出した卒業証書も司法試験成績通知書も偽造したものである」旨を告白しました。
これを受けX社は、Aと同時期に入社したBについても改めて確認したところ、Bは、採用面接時に提出した履歴書の年齢を偽っていたことを告白しました。
X社は、上記の事実を受け、採用面接時の虚偽申告を理由にA及びBとの労働契約を直ちに解除することを考えていますが、合法的に行うことができるでしょうか?
A:Aとの労働契約の解除は合法的に行うことができると考えられます。他方で、Bとの労働契約の解除は違法とされる可能性が高く、行うべきではないと考えます。
解説
1 即時解除事由(契約無効事由がある労働者)
(1)使用者からの労働契約の即時解除
労働契約法(以下「本法」といいます)第39条では、事前の予告なしに使用者から労働契約を一方的に解除する場合、すなわち、労働契約の即時解除について、以下の解除事由を定めています。
①試用期間において採用条件に不適格であることが証明された場合
②使用者の規則制度に著しく違反した場合
③重大な職務怠慢、私利のための不正行為があり、使用者に重大な損害を与えた場合
④労働者が同時に他の使用者と労働関係を確立しており、使用者の業務上の任務の完成に重大な影響を与え、又は使用者から是正を求められたもののこれを拒否した場合
⑤本法第26条第1項第1号に規定する事由により労働契約が無効となった場合
⑥法に従い刑事責任を追及された場合
また、本法第26条第1項第1号は、詐欺、脅迫の手段をもって又は人の苦境に乗じて、相手方にその真意に反する状況下で労働契約を締結させ、又は変更させた場合、労働契約が無効又は一部無効となる旨を定めています。
本件でX社が検討している労働契約の解除は、上記のうち⑤(以下「解除事由⑤」といいます)に該当することを理由にしたものです。
(2)解除事由⑤の意義について
ア 法令等における解釈
解除事由⑤が認められるためには、労働者に本法第26条第1項第1号で定める無効事由が存在することが前提となります。
当該無効事由に関する各文言について、労働契約法及びその関連法令には、更なる詳細な規定はありません。もっとも、同様の事由を民事行為の無効事由とする民法通則第58条に関して、最高人民法院の公布した「『民法通則』の全面的執行過程における若干の問題に関する意見(試行)」(以下「本意見」といいます)は、本件でも問題となる「詐欺」について次のとおり解釈しています。
【詐欺行為の認定】
一方当事者が故意に相手に虚偽の状況を告知し、又は故意に真実の状況を隠し、相手側当事者を誘導して誤った意思表示をさせた場合は、詐欺行為と認定することができる(本意見第68条)
イ 裁判例における判断
ここで注意しなければならないのは、仮に労働者が採用時に詐欺行為を行ったとしても、必ずしも全ての場合に労働契約を解除できるわけではないことです。
労働者による詐欺行為によって、使用者が真意に反して労働契約の締結又は変更を行った場合、言い換えれば、詐欺行為がなければ使用者が労働契約の締結又は変更をしなかったであろうという場合にはじめて労働契約が無効となり、使用者からの解除も可能となります。
この点について、中国の裁判例を見てみると、職務と関係のある学歴、職歴や資格の保持を偽って採用された場合、労働契約の無効、使用者からの労働契約の解除が認められる傾向にあります。
例えば、財務マネージャーの職務に採用された従業員が、①会計専攻の学士学位の取得(実際には2年の専門学校を卒業しただけであり、学士学位は取得していなかった)、②登録会計士証書の取得(実際には取得していなかった)、及び③他社(財務職務)における在籍期間(実際よりも長い在籍期間を申告)について、採用時に偽っていた案件では、これら①~③が採用を予定する職種の業務と密接に関係があり、労働契約の締結に関する使用者の判断に影響を与えることから、従業員がこれらを偽って使用者に誤った意思表示をさせて締結した労働契約は無効とされ、使用者からの契約の解除が認められました。
他方で、中国の裁判例を見てみると、年齢(職務に特殊な要求がない限り)を偽った場合、また、学歴や職歴を偽った場合であっても、それが職務とは全く無関係であったり、非常に軽微であったりするために、使用者による労働契約の締結に影響を与えるまでに至らないと判断されるときには、労働契約の無効、使用者からの労働契約の解除が認められない傾向にあります。
例えば、一般的な職務であり、年齢について特殊な要求をされずに採用された従業員が、採用時に年齢を偽っていた案件において、年齢を偽っていたとしても、使用者を誘導して契約締結時に誤った意思表示をさせたことの証拠はないとして、労働契約の無効及び使用者からの労働契約の解除は認められませんでした。
2 本件
まず、Aは、採用面接時に履歴書とともに偽造した大学の卒業証書及び2016年の司法試験成績通知書を提出しています。Aのこの行為は、「故意に相手に虚偽の状況を告知」(上記1(2)ア)に該当します。またX社の法務部従業員に関する採用基準が「法律の素養がある者」であるところ、Aから面接時に提供された偽造の法学部の卒業証書と司法試験成績通知書が、Aを法務部従業員として採用するX社の判断に大きく影響しており、もしAによる詐欺行為がなければ、法律を学んだこともないAをX社が上記採用基準に従い採用することはなかったと考えられます。このため、X社としては、当該Aの詐欺行為に誘導されて真意に反する状況下で労働契約を締結させられたといえそうです。さらに、上記1(2)イで言及した裁判例の傾向からしても、X社とAとの労働契約の無効及びX社からの労働契約の解除は支持される可能性が高いと考えられます。
以上のことから、X社は、Aとの労働契約の解除を合法的に行うことができると考えられます。
次に、Bは、採用面接時に年齢を偽った履歴書を提出しています。Aのこの行為は、やはり「故意に相手に虚偽の状況を告知」(上記1(2)ア)に該当するかもしれません。しかし、総務部従業員に関するX社の採用基準は「協調性がある者」であるところ、年齢と協調性との間に強い相関関係はなく、また総務部従業員には通常年齢についての特殊な要求はなされないと考えられます。また、X社は採用面接でのBの受け答えが明朗であったことを評価してBを採用しており、少なくともBの年齢がX社の判断を左右するほどの影響を与えたことはなさそうですこのため、X社が、当該Bの行為に誘導されて真意に反する状況下で労働契約を締結させられたとはいいがたいと思われます。また、上記1(2)イで言及した裁判例の傾向からしても、X社とBとの労働契約の無効及びX社からの労働契約の解除は支持される可能性が高くないと考えられます。
以上のことから、X社によるBとの労働契約の解除は違法とされる可能性が高く、行うべきではないと考えられます。
*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。
*本記事は、Mizuho China Weekly News(第717号)に寄稿した記事です。