第22回 使用者からの労働契約の解除(15)~労働契約の解除不可事由5~
Q:上海市所在の独資企業X社(従業員300人規模)は、生産型企業として、自社工場で製品を製造し販売してきました。しかし、昨年から業績が急激に悪化しているため、一部生産ラインの廃止、及びこれに伴う整理解雇を実施予定であり、現在整理解雇の対象候補者の選定を行っています。勤続年数が長期に亘る従業員については、整理解雇の対象にできないとの話を聞きましたが、以下の従業員A~Dのうち、整理解雇の対象にできない者がいるでしょうか?なお、A~Dについては、特段有害な業務に従事しているなどの特殊な事情はありません。
A:男性、X社で勤続30年、48歳、役職なし
B:男性、X社で勤続10年(過去にもⅩ社で10年の勤務暦あり)、58歳、役職あり(部長)
C:女性、X社で勤続20年、48歳、役職なし
D:女性、X社で勤続30年、48歳、役職あり(部長)
A:Cのみ整理解雇の対象にできないと考えます。
解説
1 労働契約の解除不可事由について
(1)各解除不可事由
労働契約法(以下「本法」といいます)第42条は、使用者からの労働契約の解除のうち、即時解除(本法第39条)を除く、予告解除(本法第40条)及び整理解雇(本法第41条)に関し、たとえ労働者に法定の労働契約解除事由が存在したとしても、以下のいずれかの事由が存在する場合には労働契約を解除してはならないと規定しています。
➀職業病の危害に触れる業務に従事した労働者に離職前職業健康診断を行わず、又は職業病が疑われる病人で診断中もしくは医学観察期間にある場合
②当該使用者において職業病を患い、又は労災により負傷し、かつ労働能力の喪失もしくは一部喪失が確認された場合
③病を患い、又は業務外の理由で負傷し、規定の医療期間内にある場合
④女性従業員が妊娠、出産、授乳期間にある場合
➄当該使用者の下において勤続満15年以上で、かつ法定の定年退職年齢まで残り5年未満である場合
⑥法律、行政法規に規定するその他の場合
本件では、A~Dの従業員について、上記⑤の「当該使用者の下において勤続満15年以上で、かつ法定の定年退職年齢まで残り5年未満である場合」(以下「解除不可事由⑤」といいます)に該当するかが問題となりますので、当該事由について説明致します。
(2)各文言について
ア 「当該使用者の下において」について
まず、当該文言につきましては、「当該使用者」とあえて明記されていることから、まさに当該使用者の下で勤続満15年以上でなければなりません。この点は、このような制限がない有給休暇の取得条件とは異なります(「従業員年次有給休暇条例」第2条等)。
なお、例外的な場合として、「労働者が本人以外の原因により元の使用者から新しい使用者の下に配置転換された場合には、労働者の元の使用者における勤務年数を合算して新しい使用者における勤務年数を計算する」(本法実施条例第10条)と規定されている点にも注意が必要です。この点については、結論としては当該規定の適用が否定されたものの、解除不可事由⑤の該当性の検討にあたり、当該規定の適用の有無が検討された実際の裁判例も存在します。
イ 「勤続満15年以上」について
まず、「勤続」とされているため、連続した年数で満15年以上である必要があります。
また、起算点は雇用開始日であり、労働契約の約定の開始時期と実際の履行の開始時期とが一致しない場合、実際の履行の開始時期に準拠することになります(本法第7条、第10条第3項、「上海市労働協約条例」第22条第2項)。
ウ 「法定の定年退職年齢」について
法定の原則的な定年退職年齢については、以下のとおり規定されています(「国家規定に違反して企業従業員の早期退職を行うことの阻止・是正に関する問題についての通知」(以下「定年退職通知」といいます)第1条第1項)。
【法定の原則的な定年退職年齢】
男性:満60歳 |
上記のうち、特にどのような女性従業員が、「女性幹部」に該当するかが問題になることがあります。この点について中国の法令では普通の女性従業員と「女性幹部」との区別を明確には規定していません。このため、企業内部においていかなる者が「女性幹部」に該当するかを定めておくべきことになりますが、企業において役職がある女性従業員は、「女性幹部」に該当すると解釈すべき場合が多いと考えられます。
なお、上記は原則的な定めであり、例えば、坑内、高空、高温、特別な重体力労働又はその他身体健康に有害な業務に従事する者については男性満50歳、女性満45歳とされるなど、定年退職年齢が引き下げられている場合もあります(定年退職通知第1条第1項)。
エ 「残り5年未満」について
この点は当該文言のとおりであり、上記ウと合わせると以下のとおりになると考えられます。
【解除不可事由⑤に該当する原則的な年齢】
男性:満55歳+1日 |
2 本件
以上を前提に本件のA~Dについて、解除不可事由⑤該当性の有無について検討します。なお、A~Dについては、特段有害な業務に従事しているなどの特殊な事情はないとのことですので、原則的な定年退職年齢を用います。
まず、男性従業員Aについては、勤続の要件は満たします(勤続30年)が、年齢の要件を満たさない(48歳)ため、解除不可事由⑤には該当しません。
次に、男性従業員Bについては、年齢の要件は満たします(58歳)が、勤続の要件を満たさない(勤続10年。なお、過去にもⅩ社で10年の勤務暦があるものの、連続した勤務歴ではないため「勤続」には該当しません)ため、解除不可事由⑤には該当しません。
他方で、女性従業員Cについては、勤続の要件も(勤続20年)、年齢の要件も(48歳)満たすため、解除不可事由⑤に該当します。
最後に、女性従業員Dについては、勤続の要件は満たします(勤続30年)が、役職(部長)があり、女性幹部に該当すると解釈すべきであることから、年齢の要件を満たさない(48歳)ため、解除不可事由⑤には該当しません。
以上のことから、Cのみ整理解雇の対象にできないと考えます。
*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。
*本記事は、Mizuho China Weekly News(第780号)に寄稿した記事です。