第28回 経済補償金(1)~支払事由1(労働者による労働契約の解除)~

Q:上海市所在の独資企業X社は、従業員A、B及びCからそれぞれ以下を理由として、労働契約を解除したい旨、また経済補償金を支払って欲しい旨の要望を受けました。

    A:一身上の都合により退職したいため
    B:X社が残業代を支払わないため
    C:X社が法定の社会保険料を納付しないため

X社は、A、B及びCに対して経済補償金を支払う必要があるでしょうか?

A:X社は、Aについては経済補償金を支払う必要はありません。
他方で、X社は、仮にB及びCの主張する理由が事実どおりである場合には、B及びCに対して経済補償金を支払う必要があります。

解説  

1 経済補償金について

(1)経済補償金とは
 経済補償金は、使用者が、労働契約の解除又は終了時において、法定の事由を満たす労働者に対して、法定の基準に基づいて支払う補償金です。従業員の退職時に支払われるため、日本の退職金と同じものであると見られがちですが、日本の退職金は経済補償金とは異なり法定の支払義務があるわけではないこと、日本の退職金が支払われる典型的な場面である定年退職が経済補償金の支払事由とはされていないことなど、両者は必ずしも同じものとはいえません。

(2)経済補償金の支払事由
 労働契約法(以下「本法」といいます)第46条は、経済補償金の支払いが必要な場合について以下のとおり規定しています。

①労働者が本法第38条の規定に従い労働契約を解除した場合
②使用者が労働者に対し労働契約の解除を申し出、かつ労働者との協議により労働契約解除の合意に達した場合
③使用者が本法第40条(予告解除)の規定に従い労働契約を解除した場合
④使用者が本法第41条第1項(整理解雇)の規定に従い労働契約が解除した場合
⑤期間を定めた労働契約が期間満了により終了した場合
⑥本法第44条第4号(破産宣告)、第5号(営業許可証の取消等)の規定に従い労働契約を終了した場合
⑦法律、行政法規に定めるその他の事由が発生した場合

A、B及びCについては、上記①の「労働者が本法第38条の規定に従い労働契約を解除した場合」(以下「支払事由①」といいます)が問題となりますので、当該事由について説明致します。

(3)支払事由①の内容
 支払事由①が言及する「本法第38条」が規定する労働者からの労働契約の解除事由は以下のとおりです。

ⅰ 使用者が、労働契約の約定に従った労働保護又は労働条件を提供しない場合
ⅱ 使用者が、労働報酬を遅滞なく、全額で支払わない場合
使用者が、法に従い労働者のために社会保険料を納付しない場合
ⅳ 使用者の規則制度が、法律、法規の規定に違反し、労働者の権益に損害を与えた場合
ⅴ 次の理由により労働契約が無効となった場合
    (ⅰ)使用者が、詐欺、脅迫の手段により、又は他人の危急に乗じて、真実の意思に反する状況のもと、労働者に労働契約を締結させ、又は変更させた場合
    (ⅱ)使用者が、自らの法定責任を免れ、労働者の権利を排除した場合
 (ⅲ)使用者が、法律、行政法規の強行規定に違反した場合

ⅵ 使用者が、暴力、威嚇、又は不法に人身の自由を制限する手段により、労働者に労働を強制した場合
ⅶ 使用者が、危険を冒す作業を規則に違反して指揮し、又は強制的に命令して、労働者の身の安全を脅かす場合
ⅷ 法律、行政法規に規定するその他の場合

 上記のうち、労働者が労働契約の解除事由として用いる傾向にあるのがⅱ及びⅲであり、労働者がⅱ又はⅲを理由とした労働契約の解除及び経済補償金の請求を行う裁判例が少なくありません。特に社会保険料の未納については、使用者側に故意がなくとも発生しがちであり、使用者としては注意する必要があります。

(4)自主退職の場合
 労働者による自主退職は、本法第37条に規定されています。このように、自主退職は、支払事由①が言及する「本法第38条」に規定する解除事由には含まれません。また、自主退職は、上記(2)で列挙した経済補償金の支払事由のいずれにも該当しません。

 このため、自主退職の場合には経済補償金の支払いは不要です。

 もっとも、ここで使用者として注意を要するのは、自主退職では経済補償金が支払われないことを知った労働者が、何とかして支払事由①、「本法第38条」に該当する事由がないかを探そうとすることです。例えば、弊所の経験上、残業代が不払いであるとして上記「本法第38条」のⅱの事由に該当することを主張するケースがあります。このような理不尽な要求を労働者から受けないようにするためにも、日ごろから労働管理を十分に行っておくことが重要であるといえます。

(5)備考
 特に日系企業では、就業規則等において、法定の経済補償金の支払事由よりも広範な支払事由が規定されていたり、経済補償金とは別に退職に伴う金員の支払いが規定されていたりすることがあります。これらの規定も法令の定めと矛盾するものでない限り有効であり、規定に従う必要があります。このため、このような規定がある場合には、その該当性にも注意する必要があります。

2 本件
 本件について、まずAは「一身上の都合により退職したいため」との理由で労働契約を解除したいとのことです。これは自主退職にあたり、上記1(4)のとおり、経済補償金の支払事由のいずれにも該当しません。このため、X社は、Aに対して経済補償金を支払う必要はありません。
 次に、Bは「X社が残業代を支払わないため」との理由で労働契約を解除したいとのことです。これは上記「本法第38条」のⅱの事由に該当します。このため、仮にBの主張する理由が事実どおりである場合には、Bに対して経済補償金を支払う必要があります。もっとも、上記1(4)で言及したとおり、Bが実は自主退職であるにもかかわらず単に経済補償金を得る口実として残業代の未払いを主張している可能性もありますので、X社としては実際に残業代の未払いがあるかを十分に確認する必要があります。
 また、Cは「X社が法定の社会保険料を納付しないため」との理由で労働契約を解除したいとのことです。これも上記「本法第38条」のⅲの事由に該当します。このため、仮にCの主張する理由が事実どおりである場合には、Cに対して経済補償金を支払う必要があります。X社としては、まずはCに関する社会保険料納付の有無を社会保険機構への問い合わせなどにより確認すべきことになります。


*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。

*本記事は、Mizuho China Weekly News(第802号)に寄稿した記事です。