第32回 経済補償金(5)~経済補償金の算出~

Q:上海市所在の独資企業X社では、経営状況が芳しくないため、やむを得ず2019年10月末日をもって人員整理を実施することを予定しています。
 人員削減にあたっては、人員削減の対象となる従業員に対して経済補償金を支払う必要があると考えますが、経済補償金はどのように算出すればよいでしょうか?
 
例えば、下記従業員A、B、Cに対してはいくら支払う必要があるでしょうか?

 A:月給1万元、200941日入社
 B:月給2万元、200441日入社
 
C:月給3万元、199941日入社

A:X社は、A、B、Cに対して、以下の金額の経済補償金を支払う必要があると考えます。

 A:10万元
 B:32万元
 C:58万5540元

解説

1 経済補償金の算出に関する規定

(1)計算式
 労働契約法(以下「本法」といいます)第47条第1項に基づくと、経済補償金の算出に関する計算式は以下のとおりです。

「労働者の月賃金」×「勤続年数」

(2)労働者の月賃金
 労働者の月賃金は、労働契約の解除又は終了前12か月間の平均賃金とされます(本法第47条第3項)。
 但し、労働者の月賃金が、使用者の所在する直轄市、区を設置する市レベルの人民政府の公布する当該地区の前年度の従業員の月平均賃金の3倍を超える場合、基準額は当該月平均賃金の3倍相当額になると規定されています(本法第47条第2項)。例えば、上海市の2018年度の月平均賃金は8765元である(「本市の人力資源及び社会保障領域の2018年度の都市組織の就業人員の平均賃金に関わる関連事項についての説明」)ため、対象となる労働者の月賃金が8765元の3倍である2万6295元を超える場合、当該3倍の金額が基準額となります。

 また、上記「労働契約の解除又は終了前12か月間の平均賃金」の算出にあたり、いかなる項目が含まれるかが問題になるところです。 
 この点について、本法実施条例第27条は、「経済補償金の月賃金は、労働者の得べかりし賃金に基づいて計算し、時間賃金又は出来高賃金並びに賞与、手当及び補助等の金銭収入を含むものとする」と規定されています。
 さらに、この中に残業代が含まれるかが労使間で争点となることが少なくありません。
 この点について、本件のX社も所在する上海市の裁判実務では、残業代は経済補償金の月賃金には含まれないとの考えが採用される傾向にあるようです。 
 その理由として、「上海市高級人民法院の民事法律適用質問の回答(2013年第1期)」(以下「2013年上高法回答」という)第5条は、①経済補償金は、労働者の損失の補填又は使用者の社会的責任に基づいて労働者に与える補償に過ぎず、労働者の通常の業務時間の賃金をもって計算基準とすべきこと、②残業代は、労働者が規定外の労働を提供することによって得る報酬であり、通常の業務時間内の労働報酬には含まれないこと、③「『労働法』の徹底的実施にあたっての若干の問題に関する意見」第55条、本法実施条例第27条の規定からしても、経済補償金の算出に残業代は含まないと考えるべきことを挙げています。
 但し、2013年上高法回答第5条では、同時に、使用者が悪意をもって通常の業務時間の賃金に算入すべき項目を残業代に算入し、これによって通常の業務時間の賃金及び経済補償金の計算基準の減少をもたらしていることを証明する証拠がある場合には、当該残業代は経済補償金の計算基準に算入すべき旨を規定している点に留意が必要です。

(3)勤続年数
 勤続年数は、6か月以上1年未満の勤続日は1年として計算し、6か月に満たない勤続日については半月分(0.5年)として計算します(本法第47条第1項)。
 但し、労働者の月賃金が、使用者の所在する直轄市、区を設置する市レベルの人民政府の公布する当該地区の前年度の従業員の月平均賃金の3倍を超える場合、勤続年数についても12年を上限として計算すべきことになります(本法第47条第2項)。

 また、労働者が本人以外の原因により元の使用者から新しい使用者のもとに配置転換(例えば会社都合による関係会社への出向)された場合、元の使用者が既に労働者に経済補償金を支払っているときを除き、労働者の元の使用者における勤務年数を合算して新しい使用者における勤務年数を計算するとされている点にも留意が必要です。

(4)労働契約が2008年1月1日を跨ぐ場合の取り扱い
 以上が、本法における経済補償金の算出に関する原則的な規定ですが、本法第97条第3項が、「本法の施行日において存続する労働契約が本法の施行後に解除され、又は終了し、本法第46条の規定に従い経済補償金を支払うべきである場合は、経済補償金の年数は本法の施行日から計算する。使用者が本法の施行前において、その時の関連規定に従い労働者に対し経済補償金を支払うべきである場合は、その時の関連規定に従い実施する」旨を規定しているため、本法の施行日である2008年1月1日を跨いで締結されている労働契約については、その前と後でそれぞれ経済補償金を計算する必要があります。
 その際の注意事項は以下のとおりです(「労働契約違反及び労働契約解除にあたっての経済補償金についての規則」参照)。

①2008年より前の労働者の月賃金については上限(所在地区の前年度の従業員の月平均賃金の3倍の上限)がない
②2008年より前の労働者の勤続年数については1年未満の勤続日は1年として計算する(6か月に満たない勤続日について半月分(5年)として計算しない)
③2008年より前の一部の支払事由について勤続年数の上限(最高12か月分まで)がある
④2008年より前の支払事由には労働契約の期間が満了した場合が含まれていない

2 本件

 前記1の内容に基づきますと、X社がA、B、Cに対して支払うべき経済補償金の金額は以下のとおりとなります。なお、ここでは、A、B、Cの「月賃金」(労働契約の解除又は終了前12か月間の平均賃金)は月給と同じであり、また2019年10月末日をもって退社するものと仮定します。

 A:月給1万元、2009年4月1日入社
 B:月給2万元、2004年4月1日入社
 C:月給3万元、1999年4月1日入社

(1)Aについて:10万元
【内訳】
「1万元」×「10」(9年と7か月)=10万元

(2)Bについて:32万元
【内訳】
・ 2008年1月1日より前の部分
「2万元」×「4」(3年と9か月)=8万元

・ 2008年1月1日以降の部分
「2万元」×「12」(11年と10か月)=24万元

(3)Cについて:58万5540元
【内訳】
・ 2008年1月1日より前の部分
「3万元」×「9」(8年と9か月)=27万元

・ 2008年1月1日以降の部分
「2万6295元」×「12」(11年と10か月)=31万5540元


*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。

*本記事は、Mizuho China Weekly News(第817号)に寄稿した記事です。