第37回 就業規則の制定にあたり注意すべき事項

Q: 上海市所在の独資企業X社は、中国事業拡大のために新たに設立された会社であり、本格的な営業の準備を行っております。
最初は数名の従業員の雇用を予定していますが、今後更に従業員が増えることも想定されるため、数十名の従業員を想定した就業規則を制定しようと考えています。就業規則の制定にあたり注意すべき事項はありますでしょうか?

A:就業規則の制定にあたり特に注意すべき事項としては以下のものが挙げられます。
内容面:適法かつ合理的な内容とすること、立証に備えた内容とすること
手続面:法に基づく民主的プロセスを踏み、また公示、告知を必ず行うこと

解説

1 就業規則の制定にあたり注意すべき内容面に関する事項

(1)適法かつ合理的な内容とすること
 労働契約法(以下「本法」といいます)第4条は、「使用者は法に従い労働規則制度を確立」しなければならないと規定した上で、「労働者の切実な利益に直接係わる規則制度又は重大事項」として、以下に掲げる事項を例示列挙しています。このため、就業規則では、以下に掲げる事項等を規定することが想定されているといえます。

①労働報酬、②労働時間、③休憩・休日・休暇、④労働上の安全衛生、⑤保険及び福利厚生、⑥従業員研修、⑦労働規律、⑧労働ノルマ管理

 もっとも、就業規則の内容はいかなるものであってもよいというわけではなく、以下で言及しますとおり、適法かつ合理的な内容でなければなりません。

ア 適法な内容とすることについて
 規定内容の適法性については、「労働紛争事件の審理における法律適用上の若干の問題に関する解釈」(以下「労働紛争事件審理解釈」といいます)第19条に関連する規定があります。

 具体的には、同条では、「使用者が労働法第4条の規定に基づき、民主的な手続を通して制定した規則制度は、国の法律、行政法規及び政策の規定に違反せず、かつ労働者に公示されている場合、人民法院の労働紛争事件の審理における根拠とすることができる」旨を規定しています。

 同条の定めからすれば、就業規則の内容は適法なものでなければならないことがわかります。

 このため、例えば、「女性従業員は在籍期間中に妊娠してはならず、妊娠した場合には規則制度に著しく違反したとみなし解雇する」というような、既存の法令(「女性従業員労働保護特別規定」第5条等参照)に違反する内容を就業規則に規定することはできません。

イ 合理的な内容とすることについて
 規定内容の合理性については、明確に法令で定められているわけではありませんが、裁判実務の傾向からすれば、要求されていると考えるべきです。

 例えば、ある裁判例では、会社が、従業員代表大会を招集して採択した「白タクに乗車することは禁止し、違反した者は解雇処分とする」との決議に基づき、従業員との労働契約を解除したところ、当該解除が違法と判断されました。

 違法と判断したことについて、第一審では、「規則制度は法律、法規の規定に適合する必要があるとともに、合理的である必要もある」と言及されており、また、上訴審を審理した江蘇省蘇州市中級人民法院も、「規則制度は法律、法規の規定に適合する必要があるとともに、情理にも合う必要があり労働過程及び労働管理の範疇を無限に拡大しひいては超えることはできない」、「労働者がどのような交通手段によって出勤するかは労働者の私的な事項であり、使用者には強制的な規定を定める権限はない、労働者に違法な点が確かに存在する場合には国家行政機関等の権限を有する機関が処罰すべきである」と判決で言及しています。

 以上の裁判例のように、従業員が会社の行為について争った際、当該行為の根拠となった就業規則の規定内容が合理的ではない場合、当該行為が違法と認定される可能性があります。

(2)立証に備えた内容とすること
 民事訴訟法上の原則では、自己の行った主張については当該主張を行った者が挙証責任を負います(民事訴訟法第64条第1項)。

 しかし、労働紛争では、使用者側に重要な証拠が偏在することなどを考慮し、労働紛争事件審理解釈がその調整を図っています。具体的には、労働紛争事件審理解釈第13条は、「使用者が行った懲戒免職、除名、解雇、労働契約の解除、労働報酬の減額、労働者の勤続年数の計算などの決定により生じた労働紛争については、使用者が挙証責任を負う」と規定しています。

 例えば、使用者が、使用者側からの一方的かつ即時の労働契約解除が可能な解除事由「使用者の規則制度に著しく違反した場合」(本法第39条第2項)に基づき従業員を解雇した場合に、従業員が当該解雇の有効性を争うときは、必ず使用者側において「使用者の規則制度に著しく違反した場合」に該当することを立証しなければなりません。

 その際、「使用者の規則制度に・・・違反した」との点については、規則制度の存在と実際の違反行為を立証すればよいことになります。

 他方で、「著しく違反した」との点については、評価が含まれるため、その立証は容易ではありません。

 このため、あらかじめ就業規則において、どのような違反行為をした場合に、「著しく違反した」に該当するかを明確にし、立証に備えておくことが重要です。例えば、業務とは関係のない行為があった場合には警告を与えるものとし、複数回(3回など)警告がなされたにもかかわらず、なお同様の行為があったときには「著しく違反した」とみなす旨を規定することが考えられます。これにより、複数回の警告及び更なる違反行為の立証を行うことによって、同時に「著しく違反した」との立証も行えるようになります。

 但し、上記(1)で言及したとおり、就業規則の内容は、適法かつ合理的でなければならない点にも注意が必要です(例えば、その理由を問わずに、業務とは関係ない行為を1回でも行った場合には「著しく違反した」とみなす旨の規定は、合理的な内容とは言い難いと判断される可能性があります)。

 

2 就業規則の制定にあたり注意すべき手続面に関する事項

(1)民主的プロセスによる制定
 本法第4条第2項は、上記1(1)で例示列挙した「労働者の切実な利益に直接係わる規則制度又は重大事項」を制定、修正又は決定する場合には、次に掲げるプロセスを行わなければならない旨を規定しています。

 ①従業員代表大会又は従業員全体の討論を経て、試案及び意見を出す
 ②労働組合又は従業員代表と平等に協議を行う

 就業規則は、通常、労働者の切実な利益に直接係わると考えられますので、就業規則を制定する場合には、上記①及び②のプロセスを踏まなければならないことになります。

 また、後に従業員側が上記①及び②のプロセスを踏んでいないとの主張を行う場合に備え、上記①及び②のプロセスが行われたことの客観的な証拠を残しておくことが重要です。

 なお、本法第4条では労働組合等による同意を得なければならない、又は労働組合等による意見を受け入れなければならないとまでは規定されていません。このため、上記①及び②のプロセスは踏む必要があるものの、必ずしも労働組合等による意見を受け入れたり、同意を得たりする必要まではありません。

(2)公示、告知の実施
 本法第4条第4項は、上記(1)で言及した民主的プロセスのほか、「労働者の切実な利益に直接係わる規則制度又は重大事項の決定」については、公示し、又は労働者に告知しなければならない旨を規定しています。

 前述同様、就業規則は、通常、労働者の切実な利益に直接係わると考えられますので、就業規則を制定する場合には、従業員全体に公示するか、又は各従業員に告知する必要があります。

 また、上記(1)と同じく、後に従業員側が公示及び告知を行っていないとの主張を行う場合に備え、公示又は告知を行ったことの客観的な証拠を残しておくことが重要です。

(3)民主的プロセス、又は公示、告知を行わない場合
 労働紛争事件審理解釈第19条は、「使用者が労働法第4条の規定に基づき、民主的な手続を通して制定した規則制度は、国の法律、行政法規及び政策の規定に違反せず、かつ労働者に公示されている場合、人民法院の労働紛争事件の審理における根拠とすることができる」と規定しています。このため、逆に言えば、民主的プロセス、又は公示、告知を行っていない規則制度は、労働紛争事件の審理における根拠にできず、後に従業員との間で紛争となった場合に、そのような規則制度に基づく使用者の各行為は違法であると認定される可能性が高いことになります。


*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。

*本記事は、Mizuho China Weekly News(第834号)に寄稿した記事です。