第38回(前編) 外商投資法の施行により会社の何が変わるのか

事例:
日本法人A社は中国法人であるB社、C社、D社とともに、中国において中外合弁企業E社を設立し、展開してきました(出資比率はA社が20%、B社が20%、C社が20%、D社が40%)。
しかし、中国で外商投資法が施行され外商投資企業の在り方が大きく変わると聞きました。
外商投資法の施行によって、E社の経営にどのような影響があるのでしょうか?


1 中国の外資規制法令

1)外商投資法の成立

2019年3月15日、第13回全国人民代表大会二次会議において、外商投資法が成立しました。2020年1月1日から施行されているこの法律は、中国の外商投資企業の経営活動、外商投資管理部門その他の管理部門の外商投資の管理行為についての最高の準則となり、これによって、中国の外資規制は再構築されることになりました。

2)中国の外資規制

改革開放以来、従来の中国の外資規制は、中外合弁企業法、中外合作企業法、外資独資企業法の3つの法律、いわゆる三資企業法を主として、外商投資産業指導目録、その他国務院の行政法規と部門規則によりこれを補充する体系となっていました。
1979年に中外合弁企業法が成立しましたが、その当時の中国では企業の基本法が制定されておらず、この法律は中国の企業法の役割も担っていました。
その後、1986年に外資独資企業法が、1988年に中外合作企業法が制定され、三資企業法と呼ばれる外資規制が整備されました。


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 中国の会社法

1)従来の問題点

その後、1993年に企業の基本法である会社法が成立しましたが、中外合弁企業法の成立から会社法の成立までに14年が経過しており、すでに独自の体系が形成されてしまっていました。
この調整のために、会社法では「外商投資の有限会社と株式会社にもこの法律が適用され、外商投資に関する法律にその他の規定がある場合にはその規定を適用する」とされています(会社法第217条)が、この規定だけでは両者の適用関係が不明確である問題点がありました。

2)外商投資法と会社法との関係

そうした中、今回施行した外商投資法により三資企業法が廃止され、外商投資企業については会社法が適用されることになりました(外商投資法第31条、第42条第1項)。
「外商投資企業は組織形式、組織機構及びその活動準則について、中華人民共和国会社法、中華人民共和国パートナーシップ企業法等の法律の規定を適用する」と規定されています(外商投資法第31条)。
そのため、中国で事業を展開する日系企業においても、今後は会社法が適用されることが多くなり、また、外商投資企業との関係では射程が及ぶか明確ではなかった裁判例なども参考となり得るようになることから会社法の重要性が高まると考えられます。そこで、今回は外商投資法による影響が最も大きいと思われる会社法の事項について概観していきます。


3 意思決定方法の変化

1)総論

外商投資法の影響は多岐に及びますが、最も大きく変わるのは意思決定の方法です。外商投資企業に占める各三資企業の割合は、中外合弁企業が24%、中外合作企業が0.001%、外商独資企業が75%となっています(2019年)が、このうち会社法との違いの大きい「中外合弁企業」との比較を本稿では説明します。
また、中国の会社は有限会社と株式会社の2種類に分かれます(会社法第2条)が、中外合弁企業は有限会社である(中外合弁企業法第4条第1項)ため、以下では中外合弁企業と有限会社の規定を比較し説明します。

2)最高権力機関

中外合弁企業法では、「董事会」が最高権力機関であり、株主会は設置できないものと考えられていました(中外合弁企業法実施条例第30条参照)。
これに対して、会社法(有限会社)においては、この最高権力機関は「株主会」になります(会社法第36条)。

3)会議の方法

しかし、それによって意思決定の過程にどのような変化が発生するのでしょうか。
意思決定をする会議は定期的に開催される「定期会議」と不定期で開催される「臨時会議」に分かれます。
中外合弁企業法では、董事会の定時会議は毎年少なくとも1回、董事長が招集、主宰し、また、臨時会議については3分の1の董事の提議があれば招集することができるとされていました(中外合弁企業法実施条例第32条第1項)。
これに対して、会社法(有限会社)では、株主会の定時会議は定款の定めにより開催する(会社法第39条)とされており、董事会が招集し、董事長が主宰します(会社法第40条第1項)。董事会を設置していない場合には執行董事が招集し、主宰します(会社法第40条第2項)。
また、臨時会議は①10分の1以上の議決権を代表する株主、②3分の1以上の董事、③監事会若しくは監事会を設けない会社の監事、以上のいずれかの提議があれば開催が可能です(会社法第39条第2項)。このように中外合弁企業よりも臨時会議の提議主体が拡大されることになります。

4)議決権の代理行使

決議の方法について、議決権者が中国外にいる場合にはこれを直接行使することに困難がある場合があります。そのため、中外合弁企業法では出席できない董事は委任状により代行させることが可能でした(中外合弁企業法実施条例第32条第2項)。
これに対して、会社法(有限会社)では、株式会社と異なり代理行使の規定がありません(会社法第106条参照)。そのため、A社の代表者が日本にいる場合には、E社は議決権の代理行使について定款により規定する必要があると考えられます。

5)特別多数の決議

中外合弁企業法では、①合弁企業定款の修正、②合弁企業の中途終了、解散、③合弁企業の登録資本の増加、減少、④合弁企業の合併、分割の事項は董事会に出席した董事の全員一致により決議するとされていました(中外合弁企業法実施条例第33条第1項)。
これに対して、会社法(有限会社)では、ほぼ上記と対応すると考えられる①定款の修正、②解散又は会社形態の変更、③会社の登録資本金の増加又は減少、④会社の合併、分割の事項は「議決権を代表する株主の3分の2以上」により決議するとされています(会社法第43条第2項)。これは全員一致を求められない点で意思決定をしやすくなることになりますが、一方で少数派が拒否権を行使できないことにもなります。
事例の状況において、B社、C社、D社が上記の事項に賛成した場合には、合計80%で3分の2以上となるため、A社は拒否することができなくなります。

6)法定代表者

中外合弁企業法では、法定代表者は「董事長」でした(中外合弁企業法実施条例第34条)。
これに対して、会社法(有限会社)では、法定代表者は「董事長、執行董事又は総経理のうち定款で定めたもの」とされています(会社法第13条)。
つまり、必ずしも「董事長」が法定代表者となるわけではないため、E社は定款によってこれを定める必要があります。
以上の対応関係を整理すると以下の比較表のようになります(条文は対応関係がわかりやすいように一部、意味を保持しながら訳を変えています。また特に異なる点に線を引いて強調しています。)。

中外合弁企業 会社法(有限会社)
最高権力機関 董事会(中外合弁企業法実施条例第30条) 株主会(会社法第36条)
法定代表者 董事長(中外合弁企業法実施条例第34条) 董事長、執行董事、総経理のうち定款で定めたもの(会社法第13条)
意思決定会議の招集、主宰者 董事長が招集し、主宰する(中外合弁企業法実施条例第32条第1項)。 董事会が招集し、董事長が主宰する(会社法第40条第1項)。
董事会を設置していない場合には執行董事が招集し、主宰する(会社法第40条第2項)。
定時会議 毎年少なくとも1回開催する(中外合弁企業法実施条例第32条第1項)。 定款の定めにより開催する(会社法第39条第2項)。
臨時会議 3分の1の董事の提議があればできる(中外合弁企業法実施条例第32条第1項)。 下記いずれかの提議があればできる(会社法第39条第2項)。

10分の1以上の議決権を代表する株主
②3分の1以上の董事
③監事会もしくは監事会を設けない会社の監事

代理行使 出席できない董事は委任状により代行させることができる(中外合弁企業法実施条例第32条第2項)。 有限会社においては、株式会社と異なり代理行使の規定がなく、定款により決定するものと考えられる。
特別多数決議 次の事項は董事会に出席した董事の全員一致により決議する。

①合弁企業の定款の修正
②合弁企業の中途終了、解散
③合弁企業の登録資本の増加、減少
④合弁企業の合併、分割
(中外合弁企業法実施条例第33条第1項)

次の事項は議決権を代表する株主の3分の2以上により決議する。

①会社定款の修正
②解散又は会社形態の変更
③会社の登録資本金の増加又は減少
④会社の合併、分割
(会社法第43条第2項)

その他の事項は合弁企業の定款の定める議事規則に基づいて決議できるものとする(中外合弁企業法実施条例第33条第2項)。 議事方式と議決手続は本法の定めがある場合を除いては、会社定款の定めによる(会社法第43条第1項)。
議決権の比率 その他の事項は合弁企業の定款の明記する議事規則に基づいて決議できるものとする(中外合弁企業法実施条例第33条第2項)。 株主会会議においては、株主が出資比率により議決権を行使する。
但し、会社定款に別途規定する場合はこの限りではない(会社法第42条)。

 

4 外商投資新時代における中国の会社法を学ぶ重要性

会社法は、投資家、経営者、従業員、債権者など会社に関する様々な利害関係者の利害を調整するビジネス上最も重要な法律です。
中国の会社法を学ぶことで、ビジネスにおける中国の利害関係者との利害調整をする方法や意思決定をしていく方法を知ることができます。
革開放以来数十年続いた中国の外資政策が大きく転換しました。外商投資の新時代、中国の会社法は中国でビジネスをする者にとってより必須の教養となっていくでしょう。
本コラムでは、中国の会社法と日本法の会社法の相違点等を事例形式で紹介し、その理解を深める内容を提供していきます。
次回は、外商投資法の施行にどのように対応すればいいのかを解説していきます。


*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。

*本記事は、Mizuho China Weekly News(第837号)に寄稿した記事です。