第39回 会社の法人性〜法人格否認の法理による株主からの債権回収〜
Q:株式会社X社は、電子機器を製造する有限会社Y社に部品を納入する取引をしていますが、その売買代金100万元が支払われていません。どうやら、Y社は事実上の破産状態に陥っているようです。
AはY社の法定代表者であると同時に、唯一の株主でもあり、資産家で多くの不動産を所有しているようです。Y社が事実上の破産状態で売買代金を回収できないため、なんとかAから回収する方法はないでしょうか。
A:AがY社の財産についてA自身の財産から独立していることを立証できない限り、X社はAに対しても連帯責任として売買代金100万元を請求することができると考えられます。
解説
1 会社の法人性
今回からは、中国会社法の具体的な解説に入っていきます。まずは、上記の事例に出てくる会社の基本事項から確認をしていきましょう。
(1)会社とは
会社(中国語では公司)とは、営利を目的とする企業法人であり、営利とは、利益を得て株主等の出資者に分配すること(中国民法総則第76条)をいいます。
会社は法律により認められた形態以外のものを設立することができません。日本法では「株式会社」、「合名会社」、「合資会社」、「合同会社」という4種類の会社が定められています(日本会社法第2条第1項第1号)が、中国法ではこれより少なく、株式会社(中国語では股份有限公司)と有限会社(中国語では有限责任公司)という2種類の会社が定められています(中国会社法第2条)。
会社名には、「株式会社」もしくは「有限会社」のいずれであるのかを明示することが義務付けられています(中国会社法第8条)。このような会社の種類によって社内の組織や意思決定の仕組みなどが大きく異なるため、中国企業とビジネスを進める際には、会社名を通じてその中国企業の会社の種類を確認することは非常に重要です。この2種類の会社の違いについては、次回以降詳しく説明していきます。
(2)法人性とは
会社は法人であり、法律上は我々人間のような自然人と同じく独立性を有します。つまり、会社自体が独自に権利能力や行為能力を有し、代表者を通じて意思表示をし、財産を有し責任を負います。
中国法においても、「会社は企業法人であり、独立の法人財産を有し、法人財産権を有する。会社はそのすべての財産をもって会社の債務について責任を負う。」と規定されており、会社の法人性が明らかにされています(中国会社法第3条第1項)。
(3)法定代表者とは
会社の法人性は法律により作られた概念です。そのため、実際に会社が取引相手と契約を締結するなど法律行為を行う際には自然人によってなされなければなりません。そこで、会社には法定代表者というものが存在します。
法定代表者(中国語では法定代表人)とは、法律により対外的に会社を代表して法律行為をすることができる自然人を言います。
中国の会社法では、会社の法定代表者は定款により董事長、執行董事又は総経理のいずれか一人のみ定めることができます(中国会社法第13条)。また、法定代表者氏名は会社の登記事項(中国会社登記管理条例第9条第1項第3号)であり、登記により法定代表者名を確認することができます。
法定代表者が会社を代表して行った法律行為については、日本法でも中国法でも特段の規定がなく、民法の「代理」規定によって処理されます。法定代表者が会社を代表して行った法律行為は、会社に帰属します(日本民法第99条、中国民法総則第162条)。
(4)株主有限責任とは
事例のAはY社の法定代表者であると同時に、Y社に出資する株主でもありますが、会社は上記のように独立の法人格を有しており、会社財産と株主財産は厳格に区別されます。そして、株主は出資した額の限度でのみ、会社の債務に対して責任を負います。これを株主有限責任といい、会社法で定められる会社の非常に重要な特徴の1つです。
中国の会社法でも、株主はその引き受けた株式を限度(有限会社の株主の場合は、引き受けた出資額を限度)として会社に責任を負うと規定されています(中国会社法第3条第2項)。
つまり、事例においても、AとY社の財産は厳格に区分され、AはY社に出資した額の限度でしか責任を負わず、AはY社の債務の責任を負わないのが会社法の大原則です。
(5)所有と経営の分離とは
上記のように、業務執行を行う法定代表者等と出資者である株主は概念上分離されています。これを所有と経営の分離といいます。しかし、事例のAのように会社の法定代表者と株主を兼ねることも可能です。
2 法人性の例外(法人格否認の法理)
(1)法人格否認の法理とは
会社は法人として独立した権利義務主体となり、株主は出資額の限度でしか責任を負いません。しかし、この形式的独立性を貫くと、会社の取引先や債権者など会社を取り巻く利害関係者に不利益をもたらし不都合な結果が生じることがあります。そこで、一定の要件を満たす場合において、会社の独立した法人格を否定し、会社の責任について株主にも責任追及を認める法理論が存在します。これを法人格否認の法理といいます。
法人格否認の法理(中国語では公司人格否認)とは、会社の法人格の濫用を防止して会社債権者の利益を保護するため、個別具体的な法律関係について、会社とその背後にいる株主が別個独立の人格を有すること及び株主の有限責任を否定し、会社の株主に会社の債権者に対して直接責任を負わせることを言います。
(2)中国法における法人格否認の要件(法人格の濫用)
日本法においては、法人格否認の法理を規定した明文はありません。しかし、判例上、法人格が形骸化している場合や、法人格が法律の適用を回避するために濫用される場合には、法人格を否認することが認められています(最高裁判所昭和44年2月27日判決参照)。
これに対し、中国法においては、会社法で以下のように明文化された規定が存在します。
中国会社法第20条第3項:会社の株主が会社法人の独立的地位及び株主の有限責任を濫用して、債務を免れ、会社の債権者の利益を著しく損なった場合は、会社の債務に対して連帯して責任を負わなければならない |
法人格否認の要件として以下の3つが必要になります。
①会社が合法的に法人格を取得していること
②会社株主が法人格を濫用したこと(会社資本の著しい不足、過度の支配、人格の混同、法人格の形骸化等)〔行為要件〕
③株主が会社の法人格の濫用によって、債権者の権益に重大な侵害を与えたこと〔結果要件〕
(3)中国法における法人格否認の効果(連帯責任)
日本法では、法人格否認の効果として、株主の有限責任が排除され、会社に対して金銭債権を有する権利者は株主に対しても責任追及できます。
これに対し、中国法では「連帯責任」を負うことが明確にされている点に大きな違いがあります。
連帯責任を負う場合、権利者は一部又は全ての連帯責任者に請求をすることができます(中国民法総則第178条)。
(4)一人有限会社の特殊規定(立証責任の転換)
会社の独立的地位及び株主の有限責任の濫用については、その濫用の存在を主張する債権者が立証しなければなりませんが、その証拠は会社の内部事情に関わることも多く、外部の債権者が会社の内部事情に関わる証拠を収集して株主の濫用行為を立証することは容易ではありません。そこで、中国法には一人有限会社の株主と会社の独立性について立証責任を転換する規定があります。すなわち、一人有限会社の株主は、会社の財産が、株主自身の財産から独立していることを証明することができない場合には、会社の債務について連帯して責任を負わなければなりません(中国会社法第63条)。
3 本件の検討
まず、株主AとY社の財産は厳格に区分され、株主AはY社に出資した額でしか責任を負わず、AはY社の債務の責任を負わないのが会社法の原則です。
そこで、X社としては、中国会社法第20条第3項により、会社法人の独立的地位及び株主の有限責任の濫用を主張立証して、Aに対する連帯責任を追及することも考えられます。
例えば、Y社が事実上の倒産状態に陥る直前に、AがY社の資金を持ち出していた事実等がある場合には、「濫用」と評価される可能性がありますが、Y社の資金移動等については、X社の立場からして知ることが困難です。
そこで、Y社の性質を見ると、Aが唯一の株主である一人有限会社であることがわかりますので、中国会社法第63条を適用し、Aに立証責任を転換する方法が考えられます。
この場合、AはY社と別々に財産管理をしていること等を立証しなければなりません。具体的には、その個人財産と会社財産が別々に計上されていたこと、個別に計算されていたこと、利潤がそれぞれ分配され保管されていたこと、リスクをそれぞれ引き受けていたことを証明しなければなりません。
AがY社の財産についてA自身の財産と独立していることを立証できない場合には、AはY社の売買代金100万元についても連帯責任を負うことになり、X社はA対して100万元を請求することができると考えられます。7条第2項)
本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。
*本記事は、Mizuho China Weekly News(第845号)に寄稿した記事です。