第55回 外商投資安全審査
Q:日本企業X社は、中国において中国企業Y社を買収(株式を100%取得)することを検討しています。
日本の外為法では、外国投資家が指定業種に対して投資する場合に事前届出を要する規制がありますが、中国法でも同じような規制がありますでしょうか。
A:2021年1月18日より、外商投資安全審査弁法が施行されており、外商投資の安全審査の手続が明確化されています。この規制に違反した場合は、原状回復措置を命じられたり、ブラックリスト(不良信用記録)に記載される可能性があり、投資計画に重大な影響が生じると考えられるため注意が必要です。
解説
1 総論
2020年1月1日より、外商投資法が施行され、外商投資に関して様々な規制緩和が実施されていますが、一方で、2021年1月18日より、外商投資安全審査弁法(以下、本弁法といいます)が施行され、外商投資法第35条で規定されていた外商投資に対する安全審査の規制が具体化されました。この規制の違反に対しては、原状回復措置を命じられたり、ブラックリスト(不良信用記録)に記載される可能性があり、投資計画に重大な影響が生じると考えられるため注意が必要です。
そこで、今回は外商投資において重要となる安全審査について説明します。
2 安全審査弁法
(1)本弁法の意義
本弁法の目的は、外商投資の積極的な促進と同時に国家の安全リスクを有効に予防し、解消することにあります(本弁法第1条)。
このように、本弁法は、外商投資の規制緩和が進む一方で、これにより発生する国家の安全リスクについて対応する法令となります。
外商投資法第35条では、安全審査について、原則的な規定しかされていませんでしたが、本弁法では安全審査が適用される外商投資の類型、審査機関、審査範囲、審査手続、審査決定、違反処理等について具体化しています。
(2)審査機関
安全審査において、重要な役割を果たす機関が業務メカニズム室(中国語は「工作机制办公室」)です。業務メカニズム室は、国家発展改革委員会に設置され、国家発展改革委員会、商務部が主導し、外商投資安全審査の日常業務を担当します(本弁法第3条)。
3 適用される外商投資の範囲
国家の安全に影響を及ぼす又は影響を及ぼす可能性のある外商投資に対して、本弁法の規定により安全審査が行われます(本弁法第2条)。
そして、対象となる「外商投資」については、外国投資家が直接、又は間接的に中国国内で実施する以下の投資活動と定められています。
①外国投資家単独又は他の投資家と共同で国内における新規プロジェクトへの投資、又は企業設立をする場合
②外国投資家が合併買収により、国内企業の株式又は資産を取得する場合
③外国投資家がその他の方式により、国内において投資する場合
このように、適用される外商投資の範囲が広く、外商投資企業によるすべての投資類型(外商投資企業の新設、中外合弁企業の新設、外商投資企業による買収等)が安全審査の対象となる可能性があると考えられます。
4 事前申告
(1)総論
後述(2)の範囲内の外商投資について、外商投資家又は中国国内の関連する当事者(以下まとめて当事者といいます)は、投資を実施する前に業務メカニズム室に対して、事前申告をしなければなりません(本弁法第4条)。
当事者は、業務メカニズム室に事前申告をする前に、関連する問題について業務メカニズム室に対して相談することができます(本弁法第5条)。
この規制は、特定の業種への投資に対して事前申告を要求する点で、日本法の外為法における事前届出規制に近いものと考えられます。
(2)事前申告が必要な場合
届出が必要となるのは以下の2つの投資を行う場合です。
軍事関連産業 |
軍事産業、軍需関連など国防安全に関連する領域への投資、及び軍事設備と軍事工業設備周辺地域への投資の場合 |
重要産業 |
国家の安全に関係する重要な農産品、重要なエネルギーと資源、重大な設備の製造、重要なインフラ、重要な運輸サービス、重要文化製品とサービス、重要情報技術とインターネット製品とサービス、重要金融サービス、基幹技術及びその他の重要領域に投資し、投資企業の実質的支配権を取得する場合 |
従来の安全審査の規定と比べると、上記下線部の産業が新たに対象産業として追加されています。
また、上記にいう実質的支配権は以下の場合が含まれます。
①外国投資家が、企業の50%以上の株式を保有する場合
②外国投資家が、企業の株式を50%に満たないが、その議決権は董事会、株主会又は株主総会の決議に重大な影響を与えることができる場合
例えば、外国株主、又は外国株主が指定する董事に対して決議の決定権、否定権を与える場合等が考えられます。
③その他外国投資家が企業の経営の意思決定、人事、財務、技術等に対し重大な影響を与える状況がある場合
例えば、外国株主が董事、総経理、製造部長等の重要な人物の決定権を有する場合等が考えられます。
(3)提出資料
当事者が、業務メカニズム室に提出する資料は以下のとおりです(本弁法第6条)。
・事前申告書(外商投資家の名称、住所、経営範囲、投資の基本情報及び業務メカニズム室の定めるその他の事項を記載しなければなりません)
・投資計画
・外商投資が国家安全に対して影響があるかないかの説明
・業務メカニズム室が定めるその他の資料
このように、外商投資が国家安全に対して影響がないことを説明することを要求されるため、提出する投資計画についても、ある程度具体化した投資計画が要求される可能性があると考えられます。
5 審査手続
(1)総論
申告した内容に対して、以下の3段階の審査が行われ、それぞれ15日、30日、60日(営業日)の審査期間があります。
いずれの決定も書面により通知され、その期間には投資を行うことができません。
|
初期審査 |
一般審査 |
特別審査 |
審査期間 |
事前申告資料を受領した日から15日営業日 |
安全審査を行うことが決定した日から30日営業日 |
特別審査は審査開始日から60日営業日(特殊な状況下では、審査期間の延長可能) |
審査事項 |
安全審査を行うか否か(本弁法第7条) |
外商投資が国家の安全に影響を及ぼす又は及ぼす可能性があるか(本弁法第8条) |
外商投資が国家の安全に影響を及ぼすか(本弁法第9条) |
なお、業務メカニズム室は、当事者に関連する資料の補正を要求し、当事者に関連状況を問い合わせることができます。当事者はこれに協力しなければなりません。そして、当事者が資料を追加するまでの期間は審査期間に算入されません(本弁法第10条)。
このように状況によっては、審査期間の延長や資料の補正要求により、審査期間が100日を越える可能性があるため、投資計画において、この審査期間を意識してスケジューリングをする必要があります。
6 審査決定
(1)総論
上記の安全審査が行われた場合に出される審査決定には、安全審査通過決定、投資禁止決定、条件付き安全審査通過決定の3種類があります。外商投資法第35条第2項では、「法により行われた安全審査の決定は最終決定とする」と規定されているため、この決定に対しては、苦情申立てや行政不服申立て、行政訴訟等によって争うことができないものと考えられます。
(2)決定の種類
それぞれの決定の違いは以下のとおりです。
決定の種類 |
決定がなされる状況 |
決定内容 |
安全審査通過決定 |
事前申告をした外商投資が国家の安全に影響しない場合 |
当事者は投資を実施することができる。 |
投資禁止決定 |
事前申告した外商投資が国家の安全に影響する場合 |
当事者は投資を実施することができず、既に実施している場合は、期間内に株式又は資産を処分及びその他の必要な措置を採り、投資実施前の状態に回復し、国家の安全に対する影響を除去しなければならない(本弁法第12条)。 |
条件付き安全審査通過決定 |
条件を付けることにより国家の安全に対する影響を除去することができ、かつ当事者が書面で条件を付けることを承諾する場合 |
条件付き安全審査通過決定を行う場合は、当事者は付された条件に基づいて投資を実施しなければならない(本弁法第12条)。 条件付き安全審査通過決定の外商投資に対しては、関連証明資料の要求、現場検査等の方式により、条件の実施状況を確認することができる(本弁法第13条)。 |
7 違反処理
(1)総論
本弁法では法的な責任が明確化され、以下の3つの違反処理が規定されており、これらに該当する場合、ブラックリスト(不良信用記録)への記載や懲戒の不利益処分を受けることになります。
違反内容と処理内容は以下のとおりです。
違反の種類 |
違反内容 |
処理内容 |
事前申告義務の不履行(本弁法第16条) |
事前申告範囲内の外商投資に対して、当事者が本弁法の規定により事前申告せずに投資を実施した場合 |
業務メカニズム室は期限を定めて事前申告するように命じ、事前申告を拒絶した場合は、期限を定めて株式又は資産を処分及びその他の必要な措置を採り、投資実施前の状態に回復し、国家の安全に対する影響を除去するように命じることができる。 |
虚偽資料の提出、情報隠蔽(本弁法第17条) |
当事者が業務メカニズム室に対して虚偽の資料を提供し、又は関連する情報を隠していた場合 |
業務メカニズム室により改善が命じられる。虚偽情報又は関連する情報を隠して安全審査通過をだまし取った場合は関連する決定を取り消すことができる。すでに投資を実施している場合は、期限を定めて株式又は資産を処分及びその他の必要な措置を採り、投資実施前の状態に回復し、国家の安全に対する影響を除去するように命じることができる。 |
条件の不履行(本弁法第18条) |
条件付きで安全審査を通過した外商投資について、当事者が条件に基づいて投資を実施しない場合 |
業務メカニズム室は改善を命じることができ、改善を拒絶する場合、期限を定めて株式又は資産を処分及びその他必要な措置を採り、投資実施前の状態に回復させ、国家の安全に対する影響を除去するように命じることができる。 |
(2)不利益処分
当事者が上記の本弁法第16条、第17条、第18条に違反する状況がある場合、それをブラックリスト(不良信用記録)として国家の関連する信用情報システムに記載し、国家の関連する規定により共同で懲戒しなければならない(本弁法第19条)と規定されています。
この信用情報システムが何を指しているかについては、規定がありませんが、全国信用情報共有プラットフォームである「信用中国のウェブサイト、及び企業信用情報公示システムを指しているものと考えられます。
また、裁量的な判断ではなく、「しなければならない」と規定されており、違反した場合のリスクは高いと考えられます。
8 本件の検討
X社はY社を買収(株式を100%取得)するため、「外国投資家が合併買収により、国内企業の株式又は資産を取得する場合」に該当し、かつ「企業の50%以上の株式を保有する場合」にあたり実質的支配権を有することになるため、今回の投資が上記4(2)で言及した軍事関連産業又は重大な産業に該当する場合には、事前申告が必要となります。
事前に申告せずに、投資を実施した場合は、原状回復措置が命じられたり、ブラックリスト(不良信用記録)へ記載される可能性があるため注意が必要です。
そして、状況によっては、審査期間が100日を越える可能性があるため、投資計画において、この審査期間を意識してスケジューリングをする必要があります。
*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。
*本記事は、Mizuho China Weekly News(第906号)に寄稿した記事です。