第56回 外商投資企業の苦情申立制度
Q:弊社X社は、日本企業Y社が中国において設立した子会社です。経営範囲にa業務を追加するため、会社登記の主管部門である市場監督管理局に経営範囲の変更登記を申請したところ、経営範囲の変更につき登記を行わないとの決定が下されました。X社は法律に基づいて経営範囲の変更登記が行われるべきと考えており、不満を感じております。
しかし、事を荒立てて行政機関との関係を悪くしたくはありません。どうにかして穏当に解決する方法はありませんでしょうか。
A:2020年10月1日より、外商投資企業苦情申立業務弁法が施行され、苦情申立制度が強化されていますので、当該制度を活用する方法が考えられます。
解説
1 総論
行政機関による違法又は不当な行政行為に対して争う方法としては、従前より、行政不服審査の申立又は行政訴訟の提起がありますが、時間やコストの負担、行政機関との関係悪化の懸念などのデメリットがあります。
これに対して、2020年10月1日より施行された外商投資企業苦情申立業務弁法(以下「本弁法」といいます)に基づく苦情申立制度は、より穏便、柔軟、迅速に解決する制度として期待できます。
会社法とは直接関係がありませんが、外商投資企業の権益を守るための有効な制度であるため、今回は、外商投資企業の苦情申立制度について説明します。
2 制定の背景
まず、2006年、外商投資企業苦情申立業務暫定弁法(以下「旧弁法」といいます)が制定され、外商投資企業と行政機関との争議を解決する手段として苦情申立制度が設けられました。
その後、2020年1月1日より施行された外商投資法第26条では、外商投資企業の苦情申立制度について、原則的な規定を定めました。
そして、旧弁法では新しい時代の需要に対応できなくなったとの問題意識の下、商務部は旧弁法の改訂作業を開始し、本弁法が2020年8月25日に公布され、同年10月1日より施行されました。
本弁法の施行により、苦情申立のできる範囲が広がり、苦情申立が処理される手続がより明確になりました。なお、本弁法の施行とともに旧弁法は廃止されています。
3 苦情申立の種類
外商投資企業等が、本弁法により苦情申立をすることができる事項は、以下のように、行政行為と投資環境の2つがあります(本弁法第2条)。
行政不服審査や行政訴訟においては、行政行為が対象となっていますが、本弁法の対象は行政行為に加えて投資環境も対象となっている点に違いがあります。
それぞれの説明及び苦情申立の適格者は以下のとおりです。
種類 |
説明 |
苦情申立適格者 |
行政行為への苦情申立 |
外商投資企業、外国の投資家が、行政機関(法律、行政法規の授権により公的事務を管理する権限を持つ組織を含む)及びその職員の行政行為がその合法的な権益を侵したと認識する場合、苦情申立業務機関に対し、調整・解決を申し立てることができます
|
行政行為に対する苦情申立の場合は、外商投資企業又は外国の投資家であれば、苦情申立人となることができます |
投資環境への苦情申立 |
苦情申立人が苦情申立業務機関に対し、投資環境に存在する問題を報告し、関連する政策措置を完全なものにするよう提案することができます |
投資環境に対する苦情申立の場合は、国際投資の要素があれば、ほとんど制限がありません |
なお、本弁法は、外商投資企業等と行政部門及びその職員の間の争議を解決することを目的としているため、外商投資企業、外国の投資家とその他の自然人、法人又はその他組織との間に発生した民事、商事紛争は、苦情申立の対象ではありません(本弁法第2条第3項)。
4 苦情申立の方式
(1)申立方法
苦情申立人が苦情申立をする際は、書面により苦情申立資料を提出しなければなりません。
苦情申立資料は、現場窓口で提出することも、郵便、ファックス、電子メール、オンライン申請等の方式により提出することもできます(本弁法第10条第1項)。
各苦情申立業務機関は、その住所、電話番号、ファックス番号、メールアドレス、ウェブサイト等の情報を公表しなければなりません(本弁法第10条第2項)。
(2)提出資料
提出する苦情申立資料は以下の内容を含まなければなりません(本弁法第11条第1項、第2項)。
また、資料は中国語で記載しなければならないため、関連する証拠と資料の原本が外国語で書かれている場合は、正確で完全な中国語翻訳書も提出しなければなりません(本弁法第11条第3項)。
行政行為に対する苦情申立 |
・苦情申立人の氏名又は名称、住所、郵便番号、連絡担当者及び連絡方法、主体資格証明資料、苦情申立提出日 |
▶さらに、以下の状況があるかどうかの説明が必要。 |
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投資環境に対する苦情申立 |
・苦情申立人の氏名又は名称、住所、郵便番号、連絡担当者及び連絡方法、主体資格証明資料、苦情申立提出日 |
(3)委任方式
苦情申立人は、他人に委任して苦情申立をすることもできます。委任する場合は、上述の資料以外に、苦情申立業務機関に対して苦情申立人の身分証明書、授権委任状と受任者の身分証明書を提出しなくてはなりません。授権委任状には、委任事項、権限、期限を記載する必要があります(本弁法第12条)。
5 苦情申立の受理
(1)補正審査
上記の提出資料に不備がある場合、苦情申立業務機関は、資料を受け取ってから7営業日以内に、書面により、補正するよう通知します。この補正通知には必要な補正事項と期限(15営業日以内)が記載されます(本弁法第13条)。
(2)受理審査
提出資料に不備がない場合は、苦情申立業務機関が苦情申立資料を受け取ってから7営業日以内に、苦情申立を受理するかについての決定がなされます(本弁法第15条第1項)。
受理条件に適合する場合は、苦情申立業務機関は、苦情申立を受理し苦情申立人に苦情申立受理通知書を発します(同第2項)。
受理条件に適合しない場合は、苦情申立業務機関は、7営業日以内に苦情申立人に対して、不受理の理由を記載した不受理通知書を発します(同第3項)。
(3)苦情申立の処理
苦情申立業務機関は、申立を受理した日から60営業日以内に受理した苦情申立事項を処理します。多くの部門にわたり、状況が複雑である場合には、相当期間延長される可能性があります(本弁法第19条)。
(4)適正な手続
苦情申立業務機関は、健全な内部管理制度を構築し、法に従い、苦情申立の処理の過程で知った苦情申立人の営業秘密や秘密保持を要するビジネス情報、個人のプライバシーに対し有効な保護措置を採らなければなりません(本弁法第23条)。
また、職権濫用や営業秘密の漏洩、プライバシーの侵害があった場合は、行政機関の職員の行為に対して、法律に従い処分がなされ、犯罪を構成するときは、刑事責任を追及されます(外商投資法第39条)。
6 苦情申立の終了
(1)終了事由
以下のような状況がある場合、苦情申立業務は終了します(本弁法第20条第1項)。
- 苦情申立業務機関が調整を行い、苦情申立人が終了に同意した場合
- 申立事項と事実が異なる、又は苦情申立人が資料の提供を拒否したことにより関連する事実が調べられない場合
- 苦情申立人の関連する要求に法的根拠がない場合
- 苦情申立人が書面により申立を取り下げた場合
- 苦情申立人が申立主体としての適格性を失った場合
- 苦情申立業務機関からの連絡を受けたにもかかわらず、苦情申立人が連続して30日間正当な理由なく申立処理事務に協力しない場合
(2)みなし終了事由
以下のような状況に該当する場合は、苦情申立人が書面により申立を取り下げたとみなされます(本弁法第20条第2項)。
- 同一の苦情申立事項が、既に上級の苦情申立業務機関により受理又は処理され終結している
- 同一の苦情申立事項が、苦情処理係等の部門により受理又は処理され終結している
- 同一の苦情申立事項が、既に行政不服審査、行政訴訟等の手続に入っている又は完了している
(3)結果の通知義務
苦情申立業務が終了した後、苦情申立業務機関は、3営業日以内に、苦情申立の処理の結果を書面で、苦情申立人に通知しなくてはなりません(本弁法第20条第3項)。
(4)不服がある場合
苦情申立人が地方の苦情申立業務機関が下した不受理決定又は苦情申立の処理結果に異議がある場合は、その元の苦情申立事項について、上級の苦情申立業務機関に苦情申立をすることができます(本弁法第22条)。
苦情申立人が本弁法の規定により、行政機関との争議の調整・解決を申し立てた場合であっても、その法定期間内に行う行政不服審査の申立、行政訴訟の提起等の手続的権利には影響を及ぼさず(本弁法第8条)、不服がある外商投資企業は、苦情申立の他に、行政不服審査の申立や、行政訴訟の提起をすることもできます(外商投資法第26条第3項)。
7 苦情申立のメリット
行政機関による違法又は不当な行政行為に対して争う方法としては、行政不服審査の申立又は行政訴訟の提起がありますが、時間を要するとともに、その準備等のコストが高く、また行政機関との関係悪化の懸念があるというデメリットがあります。
一方で、苦情申立制度は、申立を受理した日から60営業日以内に処理されるという時間的な迅速性のメリットがあることに加えて、協調的な手続である点に特徴があり、投資環境に関する政策について提案もなし得るなど、相互協調的なコミュニケーションを図ることができる点にメリットがあります。
X社においても、現地の行政機関との関係を悪化させずに、穏当に解決を図りたいとの希望があるようであれば、苦情申立制度を活用する方法が考えられます。
本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。