第86回 従業員の行動に対する雇用主の責任

皆さん、こんにちは。Poblacionです。突然ですが、もし車の運転中に注意を怠り、歩行者をはねる事故を起こしてしまった場合、自分自身の行動や過失行為について責任を負うことは、言うまでもなく、被害者の入院費用を支払わなければなりません。では、歩行者をはねてしまったのがあなたではなく、あなたが雇っている運転手だった場合、あなたに損害賠償責任はあるでしょうか?つまり、あなたが、他人の行動や過失行為について責任を負わされることがあるのでしょうか?

フィリピン法の下では、自分自身の作為又は不作為についてだけではなく、自分が責任を負う他人の作為又は不作為についても、損害賠償責任を負わされる場合があります。そのような代位責任の一例が、従業員の発生させた損害に対する責任が雇用主に負わされる使用者責任です。フィリピン民法第2180条に基づき、雇用主は、従業員が割り当てられた職務の範囲内で行動する過程で発生させた損害について、責任を負わされる場合があります。従って、バス運転手が過失によりスピードを出し過ぎて歩行者に怪我をさせた場合、法律上、バスの運行会社も自動的に損害賠償責任を負うことになります。

雇用主の使用者責任の基本にあるのは、bonus pater familias、すなわち、「家族の良き父」という民法の原則です。家族の良い父親が子供の面倒を見て監督する義務を負うのと同様に、雇用主にも、従業員の行動について適切な注意を払い、気を配る義務があります。この義務を怠ると、従業員が発生させた損害について、雇用主が責任を負わされることになります。また、雇用主の責任は、自動的に、直接的に、そして即時に、発生します。過失のあった従業員に対する求償が先に行なわれていること、又は発生させた損害に対する支払能力が従業員にないという立証が先になされていることのいずれも、条件とはされません。

使用者責任の規則が、フィリピンの雇用主にとって大きな脅威であることは確かです。しかし、以下のとおり、雇用主が責任を免れるために主張できる抗弁もあります。

雇用主−従業員関係の不存在
雇用主が責任を負わされる可能性があるのは、自己の従業員の行動又は過失行為についてのみであり、その他の者の場合について責任を負わされることはありません。例えば、ある企業が、警備会社と警備サービスの提供に関する契約を結んでいる場合、警備員による不正行為や過失行為について、その企業が責任を負わされることはありません。警備員は、警備会社の従業員であるからです。その企業が警備員に指示や命令を与えることがあったとしても、そのこと自体を理由に、その企業が警備員について使用者責任を問われたり、警備員による不法な作為や不作為について責任を負わされたりすることはありません。

割り当てた職務の範囲外
雇用主は、従業員の行動が、割り当てた職務の範囲内である場合に限り、その責任を負わされます。例えば、通勤の行き帰りは、通常、従業員の個人的な問題又は関係事項であって、雇用主に対する奉仕の一部ではありません。このことから雇用主は一般的に、かかる時間帯に従業員が発生させた損害については、責任を負いません。

従業員の選定及び監督役による適切な注意
雇用主が責任を免れるためには、従業員の選定のみならず、その仕事の監督役によって適切な注意を払われていたことを立証する責任があります。

従業員候補の選定にあたり、雇用主は、従業員の適性、経験及び職歴を審査する必要があります。
一方、従業員を監督する際の適切な注意とは、従業員を指導するための規則及び規程を制定することや、違反があった場合に必要な懲戒処分を課すことなどです。雇用主は、従業員による会社規則の遵守についても、監視していなければなりません。

以上より、フィリピンで事業を行おうと考えている方は、従業員を選定する際にはよく審査をすることも大切です。


*本記事は、フィリピン法務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。フィリピン法務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。