第7回 役員報酬規制について
1 概説
台湾の日系企業の董事にとって、自らの報酬が台湾の会社法上どのように規定されているのかについては重要な事項であると考えられます。そこで、今回は日本法の取締役報酬規定と台湾法の董事報酬規定について比較していきましょう。
(1)原則
取締役の報酬等については、「定款や株主総会の決議によって定める」という原則は日本法でも台湾法で同様です(日本会社法第361条第1項、台湾会社法第196条)。
(2)決議の種類
この決議は日本法でも台湾法でも「普通決議」、つまり発行株式数の過半数を有する株主が出席し、その出席株主の議決権の過半数で行います。
(3)趣旨
その趣旨は、日本法にでは「お手盛りの防止」にある(最高裁判所昭和60年3月26日判決)と言われますが、台湾法でも趣旨は同様に、「董事がその経営上の地位と権利を利用して、恣意的に高額な報酬を要求することを防止すること」にあります(最高法院98年度台上字第935号判決)。
2 「報酬」の意義
日本会社法第361条第1項の「報酬等」については、「取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益」と規定されており、その名目を問わずに含まれます。例えば、基本報酬、賞与、退職慰労金、ストックオプション等が含まれます。
一方、台湾会社法第196条の「報酬」は、「董事が会社に代わり業務を行うことで得るべき報酬」とされており、職務を執行すれば会社の損益に関係なく得ることができるものをいいます。
しかし、台湾の実務では、この「報酬」と区別されるべき「酬労」という概念があるため注意が必要です。「酬労」は年度末決算において、分配する剰余金があるときに支払う成功報酬の性質を有する現金のことをいいます。つまり、損益により支払いの可否が変わる点に「報酬」との違いがあります。
3 決定方法
(1)原則
日本の会社法では、「定款に当該事項を定めていないときは、株主総会の決議によって定める」とされています(日本会社法第361条第1項)。
一方、台湾の会社法でも、「報酬」については「定款により定められていない場合は、株主総会の決議によって定めなければならない」とされています(台湾会社法第196条)。
また、「酬労」についてですが、こちらは分配額あるいは比率を「定款」に定める必要があり、株主総会の決議によって定めることができない違いがあります。また、当年度の酬労の決定の際には、董事の3分の2が出席し、出席董事の過半数の同意による董事会決議により行う必要があります(経済部104年6月11日経商字第10402413890号及び104年10月15日経商字10402427800号解釈函)。このように手続が異なるので注意が必要です。
(2)委任の可否
上記のような原則にもかかわらず、日本の会社法では、報酬総額や上限を株主総会で定めてその配分を取締役会に一任することが可能とされています(最高裁判所昭和60年3月26日判決)。
一方、台湾の会社法でも、報酬総額を株主総会で定めて報酬額の配分を董事会で委ねることができるとされています(最高法院93年度台上字第1224号判決)。
(3)事後決議の可否について
報酬に必要な株主総会決議を事前に行うことができなかった場合に、これを事後的に行って追認することは可能なのでしょうか。
日本の判例では、会社法第361条第1項の趣旨がお手盛りの防止にあり、この趣旨を害しないとして、事後追認を適法としています(最高裁判所平成17年2月15日判決)。
しかし、台湾の会社法では、明文によりこれを禁止している点に違いがあるので注意が必要です(台湾会社法第196条)。
台湾での報酬の決定決議は、事前に行うことを徹底する必要があります。
4 減額の可否
報酬の定めについて、株主総会の決議がなされた後に、別の株主総会決議をもって報酬を減額することが可能なのでしょうか。
日本の会社法では、定款または株主総会決議によって取締役の報酬が具体的に定められた場合、その報酬額は委任契約の内容となり、両者を拘束するため、その後で株主総会が無報酬とする決議をしても、取締役は同意しない限り報酬請求権を失うことはありません(最高裁判所平成4年12月18日判決)。
しかし、取締役の報酬が役職ごとに定められており、任期中に役職の変更が生じた取締役に対して当然に変更後の役職の報酬額が定められているような場合には例外が考えられます。このような定めや慣行を知ったうえで取締役就任に応じた者は、明示の意思表示が無くても任期中の役職の変更に伴う報酬の変動に黙示のうちに応諾したとみるべきであることから、会社は取締役の役職の変更を理由に一方的に報酬減額措置を行い得るとされています(東京地方裁判所平成25年4月20日判決、判例時報1350号138頁)。
一方、台湾の会社法でも、株主総会の決議の後は、その報酬額が委任契約の内容となり、会社と董事の双方を拘束するため、董事の同意なく株主総会決議により変更することはできないとされています。株主総会が正当な理由なく董事の報酬を減額した場合には、会社は董事から損害賠償を請求される可能性がありますので注意が必要です(台湾会社法第199条類推適用)。しかし、その範囲は契約通りに得られていない報酬の限度と考えられています。
以上
*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。
執筆者紹介
弁護士 三代川 英嗣
法科大学院において知的財産法のゼミに所属した際、中国をはじめアジアの法律家との交流を重ねたことをきっかけに、渉外法務、知財法務を専門とすることを志し、司法試験では知的財産法科目1位で合格。司法修習修了後、上海の復旦大学に短期留学し中国語および中国法を学習。 今後は中国法、台湾法、知財法のみならず、ビジネスやテクノロジーについての理解を深め、クライアントに最適なリーガル サービスを提供できるよう、日々努力を積み重ねていきたいと考えている。