第106回 定年退職金の差し押さえなど

皆さん、こんにちは。黒田日本外国法事務弁護士事務所の佐田友です。

先週末、妻の両親が台湾に遊びに来たので、台北の郊外に足を伸ばして台湾鉄路(台鉄)の平渓線を利用して、十分瀑布(新北市平渓区)を訪れたり、天灯飛ばしを体験しました。天灯飛ばしは値段もお手ごろで、願い事を書いた天灯が空に舞い上がる様子を眺めるのは、旅の一こまとして印象深いもので、多くの人が楽しまれていました。周囲の天灯を見ると中国語以外に日本語、韓国語、英語などが書かれ国際色豊かでしたが、やはり日本人の方が何を願っているのか気になり、注目して見てみると、「良縁祈願」的な言葉が多かったです。妙齢の女性が比較的多く訪れているようで、中には「女子力上げます」とか宣言する内容もあり、思わず笑ってしまいました。

不公平だった新旧制度

さて本日は今年改正がなされた定年退職金の請求権などに関する労働基準法の条項において、日本とは異なる内容を見つけましたので、紹介いたします。

労働基準法はこれまで、いわゆる旧制度(2005年6月30日以前の制度)に基づき請求する退職金に関して、「労働者の定年退職金請求権は、定年退職の翌月から起算して5年間行使しない場合は消滅する」という条項しか定めていませんでした。今回の改正で、「労働者の定年退職金請求権は、譲渡、相殺、差し押さえ、あるいは担保に供してはならない」という規定が追加されました。

04年に公布された労働者退職金条例において、新制度(05年7月1日以降の制度)に基づき請求する退職金には差し押さえ等を禁じる規定があるにもかかわらず、旧制度の条項は改正されず放置されていたのです。そこで、旧制度に基づき請求した人だけが定年退職金を差し押さえられる可能性があるという不公平な状況を改善するため、今回ようやく改正されたというのが実情のようです。

今回の改正ではこの他、指定口座に預け入れた退職金について、相殺、差し押さえ、担保または強制執行の対象としてはならないという規定が設けられました。

これらの改正は来年1月1日から施行となります。

日本より保護手厚く

なお、日本では、民事執行法に基づいて労働者の定年退職金請求権も差し押さえることが可能ですので、台湾の労働者の定年退職金は今回の改正によって日本の労働者より手厚く保護されるようになったといえそうです(逆に、お金を貸してもらえなくなる可能性もあるとは思いますが…)。ちなみに日本でも歯止めは存在し、「退職手当およびその性質を有する給与に係る債権については、その給付の4分の3に相当する部分は、差し押さえてはならない」とされていますので、労働者の定年退職後の経済生活に影響が及ぶのを避ける手立ては一応講じられています。この「4分の3」という部分ですが、養育費の支払いを怠っていることにより発生した債務等の場合には「2分の1」とすることが別途規定されています。つまり日本では、扶養義務を果たしていない者について、退職金をもって義務を履行させる余地を残す法制度になっているといえます。

台湾での今回の条項改正により、一律に退職金の差し押さえができなくなると、次のようなことが起きると考えられます。例えば離婚した男女のうち、元妻が養育費を支払っていない元夫に対して支払い責任を追及する際、元夫が間もなく退職金を受け取るという場合でも、その退職金を差し押さえて強制執行することができなくなります(日本ではできることが台湾ではできなくなるということです)。これは、元妻側から言わせると不合理極まりないように思いますが、台湾ではそれほど退職金が特別視されているんですね~。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

弁護士 佐田友 浩樹 (黒田日本外国法事務律師事務所 外国法事務律師)

京都大学法学部を卒業後、大手家電メーカーで8年間の勤務の後、08年に司法試験に合格。10年に黒田法律事務所に入所後、中国広東省広州市にて3年間以上、日系企業向けに日・中・英の3カ国語でリーガルサービスを提供。13年8月より台湾常駐、台湾で唯一中国語のできる弁護士資格(日本)保有者。趣味は月2回のゴルフ(ハンデ25)と台湾B級グルメの食べ歩き。