【商標法】日本の地名の商標登録

日本人である樺島泰貴氏は、讃岐うどんの本場・香川県で修業した経験があり、おととし6月に台北にうどん屋「土三寒六」を開き、本場の讃岐うどんの味をもって台湾で活躍していきたいと考えていた。しかし、十年前に自社のブランドとして「讃岐」を商標登録した台湾の南僑集団に商標法違反になると警告され、本場で修行した讃岐うどんの職人は「讃岐」という名を使用できない状況に陥った。

本場の讃岐うどんの職人が台湾で店を開いたことが警告された事件をきっかけに、日本の地名が台湾において商標として登録されていることに疑問が投げかけられた。約400社の在台湾の日本企業により設立され、台湾経済界において大きな影響力を有する、「日本工商会」は台湾の経済部智慧財産局に対し、登録済みの日本の地名商標の早期解決を求める要望書を提出した。

他方、南僑集団は、香川県の業者を見学し、十年前に「讃岐」を商標登録し、スーパーなどを通じて冷凍うどんを販売してきた。同社は、十年前に3億台湾ドルを生産ラインの開発に投入したことから、「自社こそが台湾で讃岐うどんの知名度を上げた。」と主張している。

台湾においては、原則的には地名を商標として登録することはできない。しかし、十年前は国際交流が現在ほど活発ではなかったため、台湾当局は「讃岐」が日本の地名であることを知らなかったことから、南僑集団の商標登録を許したとのことである。日本工商会は、経済部智慧財産局に審査の参考資料として日本の地名のリストを提供し、再発防止を促した。

【解説】

登録された商標を取り消す手続きとして、台湾の商標法(以下、「商標法」という)は「無効」(第50条以下)及び「取消」(第57条以下)の2つの手続きを規定している。

「無効」とは、登録された商標には当初より登録すべきではなかった原因がある場合、台湾の経済部智慧財産局(台湾の商標権に関する責任機関、URL: http://www.tipo.gov.tw/eng/)の審判を経て瑕疵のある登録を無効にする手続きである。他方、「取消」とは合法的に取得した商標権を違法な目的に使用した場合、又は公共の利益のために、当該商標権を取り消す手続きである。

商標法第5条第2項は、「商標は、商品又は役務に関する消費者に対し、商品又は役務を表象する標識であることを認識させ、他人の商品又は役務と区別させるものでなければならない」としている。すなわち、商標の要素として、「識別性」が必要となる。また、商標法の第23条第1項1号〜18号は、商標の登録を拒否すべき原因を列挙しており、そのうち第23条1項1号は「第5条の規定に違反するもの」を、商標の登録を拒否すべき原因としてあげている。

すなわち、識別性がない商標の場合、その登録は許されないことになる。国名・地名等を商標として登録し使用する場合、消費者が他人の商品と区別できない可能性が高く、商標としての識別性に欠けている。したがって、地名を商標として登録しようとする場合、経済部智慧財産局は登録を拒否すべきことになる。しかし、本件においては、台湾当局は日本の地名に対する認識不足から、南僑集団の登録を許したものと思われる。

「無効」に関する商標法第50条第1項は、商標法第23条第1項の各号を商標登録の無効原因としている。しかし、第51条第1項によると、第23条第1項1号「第5条に違反するもの」の場合、商標登録が公告された後、5年が経過した場合には、「無効」を請求することはできない。このような制限の目的は、長きにわたって資金を投入し商標を使用してきた企業を保護することである。本件においては、南僑集団が「讃岐」を商標として登録してから十年が経過している。そのため、商標法第5条第2項、第23条第1項を理由に、南僑集団の商標登録に対し無効を請求することは、難しいと考えられる。

他方、同法第23条第1項11号は、「公衆にその商品又は役務の性質・品質・産地を誤認、誤信させるおそれのあるもの」について商標の登録を拒否すべき原因としている。もし南僑集団が生産している冷凍うどんが讃岐産のうどんではないのに、「讃岐」を商標登録したとすれば、経済部は登録を拒否すべきであったといえる。また、同法第23条第1項11号に違反している場合、一旦登録された後でも、利害関係者は同法第50条第1項により商標登録の無効を請求することができる。なお、この場合、(商標登録後)5年が経過した場合には請求できないという制限はない。そのため、同法第23条第1項11号により南僑集団の登録が無効とされる可能性がある。

南僑集団が生産する冷凍うどんが当初より讃岐産のものである場合、同法第23条第1項11号の問題は生じない。
「取消」に関する同法第57条第1項5号は、「商標の実際の使用が、公衆にその商品又は役務の性質・品質・産地を誤認、誤信させるおそれのある場合」を、商標登録の取消原因としている。もし南僑集団が生産する冷凍うどんが讃岐産のうどんではないにもかかわらず、「讃岐」を商標登録したとすれば、本条によりその商標登録を取り消すことが可能である。

【関連条文】

台湾商標法(以下同じ)第5条第2項
商標は、商品又は役務の消費者に対し、当該商品又は役務を表象する標識であることを認識させ、他人の商品又は役務と区別させるものでなければならない。

第23条第1項
商標が下記のいずれかに該当する場合、登録してはならない。
一  第5条に違反するもの
十一 公衆に対し、その商品又は役務の性質・品質・産地を誤認、誤信させるおそれのあるもの

第50条第1項
商標登録が第23条第1項又は第59条第4項に違反する場合、利害関係者、又は審査官は商標責任機関(経済部智慧財産局)に対し商標の無効を請求することができる。

第51項第1項
商標登録が第23条第1項1号、2号、12号〜17号、又は第59条第4項に違反するが、当該登録が公告されて五年が経過した場合、無効を請求することはできない。

第57条第1項
商標登録後、下記のいずれかに該当する場合、商標責任機関(経済部智慧財産局)は職権又は請求によりその登録を取り消さなければならない。
五  商標の実際の使用が、公衆にその商品又は役務の性質・品質・産地を誤認、誤信させるおそれのある場合


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は、当事務所にご相談ください。

【執筆担当弁護士】

弁護士 黒田健二 弁護士 尾上由紀 台湾弁護士 蘇逸修