台湾民法に関する情報
一、物権法に関する情報
台湾の司法院は、今年8月に民法物権編の修正案を可決し、修正案を台湾の立法院(国会)に提出した(立法院では修正案は可決されていないため、まだ発効していない)。今回の修正案の重要な点は下記の通りである:
- 台湾民法の物権編は、物権の種類と内容は法律によって定められ、法律で定められた物権以外の物権は創設できないという、いわゆる「物権法定主義」を採用している。物権法定主義について、現行の台湾民法第757条は「物権は、この法律又はその他の法律に定めるものの他、創設することができない」と規定している。取引の安全及び物権法の体系を確保するためには、物権法定主義を維持する必要があるが、新たな物権の出現に法律の創設が間に合わない場合は、民法体系の硬直化による社会発展の阻害を防ぐために、慣習で補完されるべきであると考えられる。明確で且つ合理的であり、物権法定主義の趣旨に反せず、一定の方法により公示することができるならば、その物権の成立は承認されるべきであるという考えに基づき、台湾の司法院は、「物権は、法律又は慣習によるものの他、創設することができない」という第757条の修正案を提出した。司法院の解説によると、ここでいう「慣習」とは、「慣習」として行われている事実があり、且つ国民に法的確信を持たれているものを指す。
- 現行の台湾民法第760条は「不動産物権の移転又は設定は、書面によって行わなければならない」と規定しているが、この規定に関し、学者間では民法体系の解釈をめぐる論争があった。すなわち、不動産の売買をする場合、不動産売買契約を締結する際に不動産売買契約の書面を作成しなければならないのか(債権行為説)、それとも、口頭で不動産売買契約を締結してもよいが、実際に不動産所有権そのものを移転しようとする場合には、書面を作成しなければ移転することができないのか(物権行為説)という論争があった。この点について、通説及び実務においては物権行為説が採用されてきた。今回の修正案では、通説及び実務の見解に沿って、台湾民法第760条が削除され、台湾民法第758条の「法律行為により不動産物権を取得、設定、喪失、又は変更する場合、登記を経なければ、効力が生じない」という条文に、第2項の「前項の行為(注1参照)は、書面により行わなければならない」という条項が加えられている。この修正案が立法院に可決されれば、実際に不動産物権の取得、設定、喪失、又は変更をしようとする場合、第758条により、書面と登記が必要となり、上記の物権行為説が採用されたことが明確となる。
- 所有権の章に置かれている台湾民法第767条は「所有者は所有物を侵奪する者に対し、その返還を請求することができる。その所有権を妨害する者に対し、これを除去するよう請求することができる。その所有権を妨害するおそれがある者に対し、その防止を請求することができる」と規定している。この第767条の規定は、台湾民法上の物上請求権に関する一般規定である。所有権の他に、地上権、地役権、質権、抵当権、留置権等の物権についても規定されている。しかし、所有権以外の物権に関しては、その物権が妨害され又は妨害されるおそれがある場合に、その物権を有する者が同条を準用して妨害を除去・防止することができるかどうかについて学者の間で見解の相違があった。地役権に関する台湾民法第858条は「第767条の規定は、地役権に準用される」と規定しているが、他の物権については、第767条の準用は規定されていない。これに関して、第767条の規定は、全ての物権にも準用されるべきであるという説がある一方で、第858条は「第767条の規定は、地役権に準用される」と規定しており、他の物権の規定に第767条の準用が言及されていない以上、地役権以外の物権については第767条の規定は準用されないという説もあった。今回の修正案では、前者の説が採用され、第767条の「所有者は所有物を侵奪する者に対し、その返還を請求することができる。その所有権を妨害する者に対し、これを除去するよう請求することができる。その所有権を妨害するおそれがある者に対し、その防止を請求することができる」という条文に、第2項の「所有権以外の物権は前項の規定に準ずる」という条項が追加されている。今回の修正案が立法院で可決されれば、所有権以外の物権についても第767条を準用できることになる。
- 共有物の管理について、現行の台湾民法第820条は「共有物は、他に契約を締結した場合を除き、各共有者はこれを共同で管理する」と規定している。同条によれば、共有物の賃貸などの管理行為については、共有者全体の同意がなければ実施できないとされている。今回の台湾民法第820条の修正案において、共有者は、過半数の共有者の同意及び過半数の持分をもって、その共有物の管理行為を実施することができるとされている(なお、管理行為に同意する共有者の持分が3分の2を超える場合、過半数の共有者の同意という要件は不要になる。)。他方、このような管理行為が明らかに不公平である場合、管理行為に同意しない共有者は、管理行為を変更させるよう裁判所に申立てをすることができる。さらに、管理行為を決定する際、その管理行為の決定が故意又は重大な過失により共有者に損害をもたらした場合は、当該管理行為を決定した者は管理行為に同意しない共有者に対し、連帯して賠償責任を負う。
- 共有物の分割について、現行の台湾民法第824条第2項は「分割の方法について、協議により決定できない場合、裁判所は共有者の申立てにより、下記の配分を命ずることができる:一、原物をもって各共有者に配分する。二、共有物を売却し、その代金を各共有者に配分する」と規定している。現行法では、協議で分割方法を決定できない場合のみ、共有者は裁判所に対し共有物分割の申立てをすることができるが、今回の修正案が立法院に可決されれば、共有者が分割の契約を成立させ、分割の請求権の消滅時効(注2参照)が完成した後に、共有者の一方が分割を拒否した場合でも、裁判所に対し共有物分割の申立てをすることができるようになる。なお、裁判による共有物の分割の方法について、今回の修正案では、台湾民法第824条第2項第2号が「原物の配分に当たって困難が明らかである場合、共有物を売却し、その代金を各共有者に配分し、又は原物の一部を各共有者に配分し、他の部分を売却し、その代金を各共有者に配分することができる」と修正されている。すなわち、裁判所は共有物の分割方法を判断する際、原則的には原物の分割をするべきであるが、原物の分割が困難であることが明らかな場合には、裁判所は、原物の全部を売却し代金を各共有者に配分すること、もしくは原物の一部を各共有者に配分し、他の部分を売却しその代金を各共有者に配分することを命ずることができるようになる。
二、親族法に関する情報
台湾においては、公開の結婚儀式を婚姻の成立要件とする、いわゆる「儀式婚主義」が採用されてきた。2008年5月以前の台湾民法第982条は「結婚は、公開的な儀式をして、2人以上の証人を備えなければならない。戸籍法により結婚登記をした場合、その結婚したことを推定する」と規定していた。
しかし、一般の国民は必ずしも民法の結婚に関する規定の内容を熟知していなかったため、長年採用されてきた儀式婚主義は、時に様々な社会問題をもたらしてきた。例えば、公開的な儀式が行われたか否かをめぐって婚姻の効力について争議が発生した場合、その結婚儀式の証人の証言が唯一の証拠となることがほとんどであったが、大昔の結婚儀式に対して証人の記憶が薄くなり、不確かな場合もしばしばあった。また、結婚の成立には公開的な儀式が必要であったため、親族又は友人を招き、結婚の儀式を行った男女が、婚姻関係はすでに成立したと信じ込んで、他方と長年にわたり共同生活をしてきたにもかかわらず、当初結婚儀式のつもりで開かれた宴会が閉鎖的な空間(例えば、ホテルの一室)で行われ、不特定な外部者は結婚儀式が行われていると認識できなかったことから、結婚の要件には該当せず、婚姻関係は成立していないと裁判所に判断された事例もあった。このように、婚姻関係は成立していないと裁判所に判断された場合、「配偶者」の不貞行為に対し、責任を追及し損害賠償を請求したくてもできなかったり、「配偶者」の死後、その遺産を継承することができなかったりするなど、種々の不合理な事態が発生していた。
また、修正前の第982条では「戸籍法により結婚登記をした場合、その結婚したことを推定する」と規定されており、結婚登記が済まされても推定の効力しかなかった。そのため、裁判において、当事者の一方が公開儀式を行わなかったことを証明することができれば、婚姻関係の成立は認められなかった。よって、結婚登記だけで婚姻関係が成立すると誤って認識していたために、その後裁判において婚姻関係の存在が否定されたケースもあった。
以上のように多くの問題が発生していたため、結婚の要件に関する台湾民法第982条を修正せよという声は多かった。このような国民の要求を受けて、同条の修正案は2007年5月に可決され、2008年5月に実施された。修正後の台湾民法第982条では「結婚は書面によらなければならない。2人以上の証人の署名を必要とし、結婚の当事者は、戸籍行政の機関に対し結婚登記をしなければならない」とされている。これを受けて、台湾民法は儀式婚主義を排除し、結婚登記がされていない状態であれば婚姻とは認めない「登記婚主義」を取り入れることになった。
しかし、上記の修正により、最近、台湾において新たな社会問題が発生している。すなわち、区役所などの戸籍行政の機関で結婚登記をする前に結婚式を行い、共同生活をしていた男女が、共同生活に適応できないために結婚を後悔し、結婚登記を拒むケースが発生している。結婚登記をしない限り婚姻関係は成立しないので、たとえ挙式後であっても、結婚登記を履行するように当事者を拘束することはできない。
一方、登記婚主義の採用を受けて、結婚登記の責任機関の台湾行政院内政部は、戸籍行政の機関に行かずにインターネットでも結婚登記を行えるシステムを構築したいとの意向を示した。個人の身分を証明する電子IDカードを使い、インターネットでの結婚登記を可能にすることで、結婚登記の手続きを簡易化し、結婚の当事者が自ら戸籍行政の機関へ行かなくても良いようにするのが狙いであったが、台湾行政院法務部の官僚はこのようなインターネット結婚登記システムは重大な問題をもたらすおそれがあるとして、反対の意を表明した。当事者が自ら戸籍行政の機関に行って結婚登記を行う場合、戸籍行政の機関の職員はその当事者には結婚の真意があるかどうか、精神状態が健全であるかどうか、当事者には血縁関係があって結婚できない事由があるかどうかなどを確認できるが、インターネットで結婚登記する場合にはそれらが確認できない。さらに、インターネットで結婚登記することを容認すれば、危篤の重病患者の財産を狙い、その患者と自らの電子IDカードを使いインターネットで結婚登記し、遺産を相続する地位を得るという事態が発生する可能性も考えられる。なお、電子IDカードを盗まれて、本人も知らないうちに結婚登記される可能性も充分にある。
台湾内政部は「インターネットで結婚登記しても、後日、当事者が自ら戸籍行政の機関のカウンターに行って登記しなければ婚姻関係は成立しない。しかし、インターネットで結婚登記した後、一定の期間内に当事者が自ら戸籍行政の機関に行って結婚登記を行えば、結婚日はインターネットでの結婚登記日とされる。」と説明したが、インターネットでの結婚登記は、結婚は慎重でなければならないという国民の通念とはかなり異なるので、インターネットでの結婚登記に対する反対の声は依然として多いようである。
(注1)「前項の行為」とは、不動産物権の取得、設定、喪失、変更を指す。
(注2) 台湾民法第125条によると、請求権の消滅時効は15年であるので、共有物の分割とその方法について契約を締結しても、15年の間にそれを分割しなければ、契約に基づく他の共有者に対する共有物分割の請求権は消滅する。
*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は、当事務所にご相談ください。
【執筆担当弁護士】