第334回 精神疾患者の刑事責任

先日、嘉義地方法院(地方裁判所)が下した刑事事件の無罪判決が、台湾社会で大きな論議を呼んでいます。本件の概要は以下の通りです。

2019年7月3日、Aという男が切符を買わずに電車に乗ったため、車掌長と警察官の李承翰さんは、Aに対し切符を購入するよう要求しました。Aはこれに不満を抱いて、ナイフで李さんの腹部を刺し、李さんは間もなく死亡しました。

嘉義地方検察署はAを殺人罪で起訴しましたが、嘉義地方裁判所は20年4月に無罪判決を下しました。嘉義地方裁判所が無罪と判断した主な理由は次の通りです。

違法性を認識できず

  1. 刑法第19条では、「(第1項)行為時に精神障害またはその他の知的障害により、その行為の違法性を認識することができず、またはその認識に基づき行為をする能力が欠如している場合、これを罰しない。(第2項)行為時に前項の原因により、行為の違法性を認識する能力、またはその認識に基づき行為をする能力が著しく低い場合、その刑を軽減することができる」と規定されている。

  2. Aは医師による精神鑑定で、重大な被害妄想症状などの精神疾患があることが判明した。本件発生時には発症しており、被害者(警察)から加害を受けていると誤認していた。よって、Aの犯罪行為はその精神疾患の影響によるもので、上記刑法第19条第1項の「その行為の違法性を認識することができず、またはその認識に基づき行為をする能力が欠如している場合」に達している。

世論は反発

しかし、台湾の世論は無罪判決に反発しています。主な理由は次の通りです。

  1. Aは精神疾患の治療を開始してから数年後に自ら治療を放棄し、薬も飲んでいなかった。Aの精神疾患の悪化は、A自らが大半の責任を負わなければならないもので、精神疾患を刑事責任免除の理由とすべきではない。

  2. 現行法では精神疾患により無罪判決となった被告に対し、病院で強制治療が可能な期間は5年間だけで、5年を経過すると全く拘束力はない。このような精神疾患は、いつ再発するか分からない。

本件は大きな論議を巻き起こしたため、法務部(法務省に相当)が現在、刑法第19条の改正と強制治療可能期間の延長について検討を進めています。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は弊事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

台湾弁護士 蘇 逸修

国立台湾大学法律学科、同大学院修士課程法律学科を卒業後、台湾法務部調査局へ入局。数年間にわたり、尾行、捜索などの危険な犯罪調査の任務を経て台湾の 板橋地方検察庁において検察官の職を務める。犯罪調査課、法廷訴訟課、刑事執行課などで検事としての業務経験を積む。専門知識の提供だけではなく、情熱や サービス精神を備え顧客の立場になって考えることのできる弁護士を目指している。

本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。