第367回 個人的な争いについてネットで世間の意見を求められるか
最近、非常に興味深い法律事件があった。概要は次の通りである。
2018年10月、台北市の某高級ホテルの地下駐車場で甲と乙による争いが起こり、乙の友人の丙は、現場で甲と乙の争いの様子を携帯電話で録画した。その後、乙はその録画動画をインターネット上にアップロードし、ネットユーザーの意見を求めた。思いがけないことに、ネット上で熱い議論が起こり、その映像は16万回以上も転送された。さらにネット上で甲本人が特定され、甲の行為について意見された。
甲は、乙が当該映像をアップロードしたことは甲のプライバシー権、肖像権を侵害しており、また甲の名誉を棄損(きそん)したと考え、乙を被告として、50万台湾元(約190万円)の損害賠償を請求した。
当該事件は台北士林地方法院の審理を経て、裁判官は、20年12月28日、「原告(甲)の訴えを棄却する」との判決を下した(内湖簡易廷2019年湖簡字第1768号民事判決)。
裁判官が甲に敗訴判決を下した主な理由は次の通りである。
一般市民に関わる問題か
一、本事件の発生地はホテルの地下駐車場で、一般の人なら誰でも入れる公共の場所である。よって、このような公共の場所における甲の言動を、高度な保護を受けるべきプライバシーとするのは難しい。
二、甲乙双方が当時、争っていた内容は、甲に規則違反による右折または駐車があったか否か(甲は、乙がその規則違反による右折を指摘したことは誤りであると主張しているが、乙は、自分が指摘したのは甲の規則違反による右折ではなく、規則違反による駐車のことであると主張している)であり、その争いの内容は個人的な争いにとどまらず、市民の交通安全に関わる。
本件で、甲の方から自発的に乙と議論を始めたからには、乙がその争いについて世間の意見を求めることなく黙って耐えることを期待すべきではない。
三、一個人の「名誉」は、本来市民の評価によって形成されるものである。乙が争いの様子の映像をネット上にアップロードしたため、さまざまな議論を引き起こし、ネット上で甲への悪評を引き起こす結果となったが、この悪評は元々甲が受けるべき社会的評価(名誉)であったため、名誉について損害を受けたとは言えない。
四、ネット上にアップロードされた争いの動画について、全ての物事が熱い議論を引き起こすとは限らず、動画がネット上で共感されるか、関心を持たれるかについては、アップロードした人がコントロールできることではなく、アップロードした人にその後の不確定な結果の責任を負わせてしまうと、ネットにおける言論の自由を制限することになってしまう。
実務上、本件のような、当事者が争いの動画をアップロードし、世間の意見を求めるというケースはかなり多いものの、これに起因してアップロードした人に対して訴訟を提起するということはあまりない。従って、本件の判決は、注意するに値するものである。
*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は弊事務所にご相談下さい。
執筆者紹介
国立台湾大学法律学科、同大学院修士課程法律学科を卒業後、台湾法務部調査局へ入局。数年間にわたり、尾行、捜索などの危険な犯罪調査の任務を経て台湾の 板橋地方検察庁において検察官の職を務める。犯罪調査課、法廷訴訟課、刑事執行課などで検事としての業務経験を積む。専門知識の提供だけではなく、情熱や サービス精神を備え顧客の立場になって考えることのできる弁護士を目指している。
本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。