第472回 粉飾決算した董事の解任

台湾高等法院(高等裁判所)が2023年4月28日に23年度上字第132号民事判決を下し、董事(取締役)が会社の財務諸表を良く見せるために、実態のない架空取引を行ったことは、証券交易法(証券取引法、以下証取法)第20条第2項の規定に対する違反であり、保護機構はこれを理由にその董事の職務を解くことができる、と判断しました。

董事長が粉飾・横領

本件の事実の概要は次の通りです。

A社は元々台湾証券交易所(以下証券取引所)での株式の売買について申請して許可を受けていた上場会社であり、B機構は証券投資人および期貨交易人保護法(証券投資家および先物取引人保護法、以下投保法)に基づいて設立された保護機構である。

甲はA社の董事長を務めていた11年から20年までの期間中、A社の財務諸表を良く見せるために、実態のない架空取引を行い、A社の売上高をかさ上げすることによりA社の売上総利益を水増しした。これによりA社の財務諸表は実態と異なるものとなっていた。

また、甲は、A社の董事在任期間中、A社の財産を横領し、その金額は1億718万6042台湾元(約4億8000万円)を超え、A社は重大な損害を被った。

裁判所は、甲が証取法上の虚偽財務諸表申告・開示罪と会社資産横領罪を犯したと認定し、有罪の判決を甲に下した。

このため、B機構は、甲がA社の董事在任期間における甲の職務執行には投保法第10条の1第1項の法令に違反する重大な事項および会社に重大な損害を与える行為が存在するため、同項第2号により甲の董事の解任を請求した。

上場廃止後も解任可能

本件の判決理由の概要は次の通りです。

「保護機構は投保法第10条第1項の業務の取り扱いにおいて、上場会社、店頭登録会社、店頭登録準備会社の董事または監事(監査役)の業務執行に、会社に重大な損害を与える行為または法令もしくは定款に違反する重大な事項が存在することを発見した場合、会社の董事または監事を解任する判断を行うよう裁判所に請求することができ、これは公司法(会社法)第200条および第200条を準用する第227条の制限を受けないものとし、また、解任事由も訴え提起時の任期中に発生したものに限定されない。会社が何らかの理由により上場廃止、店頭登録取消または上場店頭準備登録取消となった場合でも、保護機構は当該会社に上場、店頭登録または上場店頭準備登録期間中に第1項に定める事由が存在するとき、前3項の規定を適用する」とされていることから、高等裁判所は「A社は証券取引所により20年11月10日をもって上場廃止となることが公告され、また、21年7月23日に開催されたA社の定時株主総会により、公開発行資格の停止を申請することが決議、可決されたが、甲が会社上場期間中に虚偽財務諸表の申告をしていたことは、証取法第20条第2項に対する違反であり、しかも情状が重大である。また、甲が会社資産を横領したことによりA社は重大な損害を被った。投保法第10条の1第1項第2号の規定により董事解任の訴えを提起することは、同条第4項の規定により、A社がその後上場廃止となり、公開発行を停止することによる影響を受けないため、B機構が投保法第10条の1第1項第2号の規定により、A社の董事としての甲の解任を請求したことには理由があり、認容すべきである」と判断した。

従って、上場廃止や銀行の貸し渋りの危機を回避しようとして、上場・店頭登録会社の董事が会社の運営状況が芳しくないという事実を隠蔽(いんぺい)するため、偽りの取引を行い、虚偽の財務報告書を作成した場合、投資家の投資判断や主管機関による会社の会計事務の照合の正確性に影響を与える可能性があるばかりか、証取法の罪もすでに犯しており、保護機構はこれを理由にその董事の職務を解くことができるため、このような行為は厳に慎まなければなりません。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は弊事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

台湾弁護士 蘇 逸修

国立台湾大学法律学科、同大学院修士課程法律学科を卒業後、台湾法務部調査局へ入局。数年間にわたり、尾行、捜索などの危険な犯罪調査の任務を経て台湾の 板橋地方検察庁において検察官の職を務める。犯罪調査課、法廷訴訟課、刑事執行課などで検事としての業務経験を積む。専門知識の提供だけではなく、情熱や サービス精神を備え顧客の立場になって考えることのできる弁護士を目指している。