第535回 従業員が会社のPCに悪意のプログラムを埋め込んだ法的責任

台湾高等裁判所は2024年8月20日に2023年度上訴字第4859号判決を下し、陳という男および許という男の被告2人がその会社のコンピューターシステムに悪意のあるプログラムを埋め込んだ行為についてそれぞれ1年の有期懲役および7月の有期懲役に処し、いずれも3年の執行猶予としました。

本件の概要は次のとおりです。

麒点科技(クロノス・テクノロジー)は仮想通貨取引を取り扱う台湾の有名な会社であり、陳という男および許という男はいずれも同社のエンジニアでした。2人は麒点科技が賞与を支給しなかったことに不満を抱き、20年5月に、会社のコンピューターシステムに悪意のあるプログラムを埋め込み、システムが取引動向の分析時に判断エラーを出すようにし、エラー発生時に出された誤った注文により、会社に140万米ドルにも及ぶ損失を与えました。

麒点科技は陳氏と許氏の嫌疑が濃厚であることに気付いて告訴し、台湾台北地方検察署(地検)の検察官が22年1月7日に2人に対し公訴を提起しました。

コンピューター不正侵入罪

本件は、台北地方裁判所での審理の結果、陳という男および許という男とも、刑法第358条のコンピューター不正侵入罪(理由なく他人のアカウントパスワードを入力し、コンピューター使用上の保護措置をクラッキングしまたはコンピューターシステムの脆弱性を利用して、他人のコンピューターまたはその関連設備に侵入した場合、3年以下の有期懲役、拘留もしくは30万台湾元(約140万円)以下の罰金に処し、またはこれらを併科する)、同法第359条の他人のコンピューターの電磁的記録不正変更罪(他人のコンピューターまたはその関連設備における電磁的記録を理由なく取得、削除または変更し、それにより公衆または他人に損害を与えた場合、5年以下の有期懲役、拘留もしくは60万元以下の罰金に処し、またはこれらを併科する)を犯したと認定され、23年8月、2人に対し、それぞれ1年4月の有期懲役、10月の有期懲役に処し、いずれも罰金刑に換えることができるとの判決が下されました。

陳という男および許という男は第一審の量刑は重すぎると考え、検察官は量刑が軽すぎると考えて、双方とも控訴を提起しました。

台湾高等裁判所での審理の結果、裁判官は、2人には前科がなく、二審での審理時にいずれも罪を認めており、また、被害者の麒点科技と既に和解しているなどの要因を踏まえ、量刑を軽くして1年の有期懲役および7月の有期懲役とし、いずれにも3年の執行猶予を付け、法治教育コースのプログラムを3回受けることとしました。

台湾では、会社が従業員にそのコンピューターシステムに侵入されて損失を被る事案が少なくないため、企業においては、この種の事案が発生するリスクを減らすために、ファイアウォールの設置を強化し、かつ従業員に対する法治教育を実施すべきです。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は弊事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

台湾弁護士 蘇 逸修

国立台湾大学法律学科、同大学院修士課程法律学科を卒業後、台湾法務部調査局へ入局。数年間にわたり、尾行、捜索などの危険な犯罪調査の任務を経て台湾の 板橋地方検察庁において検察官の職を務める。犯罪調査課、法廷訴訟課、刑事執行課などで検事としての業務経験を積む。専門知識の提供だけではなく、情熱や サービス精神を備え顧客の立場になって考えることのできる弁護士を目指している。

本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。