第90回 変動賃金制と人事評価による減給!

人事評価に応じて変動する賃金制については、人事評価のプロセス、昇減給を基礎付ける査定基準等が就業規則等により定められ、これに基づき昇減給が行われ、かつ労働基準法等の法令に抵触しない限りは、許容されると解されている。
この変動賃金制について、査定基準が問題になった事件がある。

本件の概要は以下の通りである。

Y社では変動賃金制が採用され、毎年3月に当該年度の昇減給の査定が実施され、人事評価の決定プロセスは、2003年2月に規定された人事評価規程において定められていた。評価の対象期間は前年の1年間(前年の1月1日〜12月31日)であり、各部門の責任者がまず対象期間中の第一次評価を行い、A等級からE等級までの5段階の等級付けをして、その結果を人事評価委員会に提出し、次に人事評価委員会が第二次評価を行い、具体的な昇給額・減給額又は解雇を決定していた。

07年2月に昇減給の査定基準が改定され、各等級において許容される昇減給の幅が新設された。例えば、D等級の場合には、旧査定基準によれば1.5%の減額とされていたが、新査定基準によれば3%〜20%の減額の幅が認められた。

06年1月1日から同年12月31日を対象期間とする、07年3月に行われた人事評価により、Yの従業員XはD等級と評価され、07年の賃金額は前年の額の9%減額という結果となった。

これに対し、Xは新設の査定基準を遡及適用することは違法・無効であるとし、旧査定基準による賃金額と実支給額との差額分(前年の賃金額の(9%−1.5%))の支払いをYに対して求めた。

13年3月12日の台湾高等裁判所101年度労上更(一)字第3号判決は、以下の通り判示し、06年1月1日から同年12月31日を対象期間とする、07年3月に行われた人事評価に同年2月に改定された減給の査定基準を適用できるとした一審判決を破棄し、Yに差額分の支払いを命じた。

人事評価による減給は労働契約の変更であり、労働者に不利益を及ぼすため、就業規則等において、使用者が人事評価による減給をなしうる旨の根拠規定が必要であり、かつ減給プロセスの公正さも必要である。本件では、07年3月に人事評価が行われているが、人事評価の対象期間はあくまでも06年1月1日から同年12月31日であるため、旧査定基準にない減給を適用し、労働者に不利益を与えることは許されない。

Yは上記判決を不服として、最高裁に上告したが、棄却された(13年12月25日最高裁判所102年度台上字第2458号判決)。

台湾においては、労働基準法で、最低賃金以外に減給額に関する規制は定められていないが、就業規則等において、人事評価による減給をなしうる旨の根拠規定が必要であり、かつ減給プロセスの公正さも求められる点に注意する必要がある。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

弁護士 尾上 由紀

早稲田大学法学部卒業。2007年黒田法律事務所に入所後、企業買収、資本・業務提携に関する業務、海外取引に関する業務、労務等の一般企業法務を中心として、幅広い案件を手掛ける。主な取扱案件には、海外メーカーによる日本メーカーの買収案件、日本の情報通信会社による海外の情報通信会社への投資案件、国内企業の買収案件等がある。台湾案件についても多くの実務経験を持ち、日本企業と台湾企業間の買収、資本・業務提携等の案件で、日本企業のアドバイザー、代理人として携わった。クライアントへ最良のサービスを提供するため、これらの業務だけでなく他の分野の業務にも積極的に取り組むべく、日々研鑽を積んでいる。

本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。