第110回 労働者の競業避止義務
台湾では日本と同様に、使用者と労働者の間で、労働者が離職した後の一定期間、同一または類似の業務に従事してはならないことを合意することができる。
ただし、このような競業避止義務を労働者に課すためには、競業避止の範囲が明確でなければならず、競業避止の内容も合理的で必要性を有しなければならない他、さらに競業避止により労働者に生じる損害につき合理的な補填(ほてん)がなされる必要がある。
上記のような競業避止義務を課すための要件が問題となった事件として、例えば、次のような裁判例がある(台湾高等裁判所台南支所における、2013年4月9日付2012年度上易字第280号判決)。
離職後1年間の類似業務禁止
本件では、甲を使用者、乙を労働者とする労働契約が11年6月に締結された。当該契約の中で、次のような離職後の競業避止規定が設けられていた。
乙は離職後1年間、A県およびB県で、「自然、物理、化学、生物」などの教授行為に従事し、または自己(もしくは他者)の名義で学習塾を開設してはならない。
違反した場合、乙は50万台湾元を甲に賠償しなければならない。
しかし、乙は離職後すぐに別の学習塾で教師を務めたため、乙は競業避止条項に違反しており違約金を支払わなければならないと甲は主張した。これに対し、乙は、競業避止規定は労働権を著しく侵害しており、憲法に違反しているため無効とすべきであり、また乙は甲の教材を使用したり盗作したりしておらず、甲の学生を引き抜いているわけでもないので、甲に損害を与えてもいないと主張した。
これに対し、裁判所は次のように判断した。
競業避止の期間・内容が合理的である場合には、労働者が離職した後一定期間、同一または類似の業務に従事してはならないことを、使用者および労働者間で、あらかじめ協議の上合意することは、憲法における労働権の保障に反しない。
補填ないため規定は無効
しかし、この種の競業避止規定については、制限の範囲が明確でなければならず、その内容が合理的で必要性を有しなければならない他、さらにこの制限により労働者に生じる損害につき合理的な補填がなされてはじめて有効であると考えられる。
本件において、乙は甲の学習塾で教師を務めており、甲の資源を利用して学生を流出させる可能性があるため、適度な競業避止義務を規定する必要があり、また競業禁止の区域はA県およびB県のみに限られており、全面的に乙の労働権を制限・剥奪するものではないため、競業避止の内容は合理的である。しかし、甲は離職後1年間A県およびB県で類似の業務に従事してはならないと乙に要求する以上、少なくとも、競業避止により乙に生じる損害を補填しなければならないが、本件の競業避止規定にはいかなる補填の措置もないため、当該規定は無効である。
上記の通り、台湾では、日本における場合よりも、離職後の競業避止義務が認められる要件が厳しい場合があり、特に補填が求められるケースが少なからずあるため、従業員に離職後の競業避止義務を課す場合には注意が必要である。
*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。
執筆者紹介
早稲田大学法学部卒業。2007年黒田法律事務所に入所後、企業買収、資本・業務提携に関する業務、海外取引に関する業務、労務等の一般企業法務を中心として、幅広い案件を手掛ける。主な取扱案件には、海外メーカーによる日本メーカーの買収案件、日本の情報通信会社による海外の情報通信会社への投資案件、国内企業の買収案件等がある。台湾案件についても多くの実務経験を持ち、日本企業と台湾企業間の買収、資本・業務提携等の案件で、日本企業のアドバイザー、代理人として携わった。クライアントへ最良のサービスを提供するため、これらの業務だけでなく他の分野の業務にも積極的に取り組むべく、日々研鑽を積んでいる。
本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。