第205回 バス運転手が事故を起こした場合の使用者の責任について

台湾社会で大きな注目を集めた「蝶恋花旅行社」の観光バス横転事件について、台湾士林地方検察署は9月4日に捜査を終結し、観光バスの運転手、旅行会社の社長を含む全ての被告に対し不起訴処分を下した。この判断が非常に大きな論議を呼んでいる。

本案件の概要は次の通りである。今年(2017年)2月、蝶恋花旅行社の運転手・康氏が運転していた乗客43人を乗せた同社の観光バスが北宜高速公路(国道5号)の南港ジャンクション(JCT、台北市南港区)で横転し、康氏および乗客32人が死亡、11人が負傷する大惨事となった。

被害者の家族は、康氏がJCTのカーブでスピードを出し過ぎたことを事故の主要原因に挙げた一方、当日、旅行会社が康氏に適度な休憩を与えずに連続十数時間働かせたことにより、康氏が過度の疲労で適切に運転することができなくなっていたため、旅行会社にも明らかに責任があるとして、康氏、旅行会社の社長などに対し業務過失致死に基づく刑事告訴を提起した。

「疑わしき」では不十分

検察官による捜査の結果、観光バス横転時の時速は98キロメートルと、現場の制限速度を大幅に超過していたことが判明したため、康氏に過失があることは間違いないが、既に死亡しているため不起訴処分にすると判断。使用者の責任については、「旅行会社が康氏に与えた勤務は、自動車運輸業管理規則の規定『1日の自動車運転時間は10時間を超過してはならない』に違反しており、また旅行会社が康氏に短期間内において連続して勤務させたことは労働基準法の規定にも違反している。しかし、観光バスの横転が康氏の連続勤務または速度超過運転によるものであることを証明する具体的な証拠がないため、『疑わしき』だけでは使用者の責任を認定することができない」との判断を下した。

実務において、民事廷の裁判官は通常、犯罪に関連する民事責任について検察官または刑事法廷の裁判官の認定結果を基準とする。本案件では、検察官が全ての被告に対し不起訴処分を与えたため、遺族または負傷者が民事訴訟により賠償を獲得する可能性は基本的に非常に低い。

現在、遺族が本案件の不起訴処分に対し不服を表明したため、高等検察署は再審議の手続きを行っている。高等検察署が地方検察署の不起訴処分を認めない場合、当該処分は取り消され、本案件は再捜査されることになる。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

台湾弁護士 蘇 逸修

国立台湾大学法律学科、同大学院修士課程法律学科を卒業後、台湾法務部調査局へ入局。数年間にわたり、尾行、捜索などの危険な犯罪調査の任務を経て台湾の 板橋地方検察庁において検察官の職を務める。犯罪調査課、法廷訴訟課、刑事執行課などで検事としての業務経験を積む。専門知識の提供だけではなく、情熱や サービス精神を備え顧客の立場になって考えることのできる弁護士を目指している。

本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。