第220回 登山中の遭難に対する、行政の賠償責任について

最近、台湾の社会で大きな注目を集めた訴訟事件があった。その概要は次の通りである。

大学生の張さん(21)は2011年、南投県の白姑大山に単独で登った際、山中で道に迷って行方不明となった。当時、南投県消防局が数百名の救助隊員を出動させ、数十日間、深い山中で捜索を続けたが、張さんの行方が分からず、救助活動の51日目に張さんの遺体が渓谷で救助隊員に発見された。張さんの両親は、登山者に対する行政当局の救助システムには重大な問題があると考え、660万台湾元(約2,500万円)の県による賠償を求めて訴訟を提起した。

第一審の台北地方裁判所は審理後、南投県消防局の救助活動には瑕疵(かし)があると判断し、南投県消防局に対し267万元を賠償するよう命じる判決を下した。

自己責任を問う世論

白姑大山は難易度、危険度が非常に高いことで有名な台湾の標高の高い山であり、張さんはこれまで十分な登山経験がないにもかかわらず、食糧、設備も十分でない状況で単独で登山をした。このことによる遭難の責任を南投県消防局に押し付けてよいのかと、社会で大きな論争が起こった。

本事案の控訴後、高等裁判所は17年12月、逆転の二審判決を作成し、南投県消防局はいかなる責任も負う必要がないとの判決を下した。主な理由は以下が含まれる。

1.張さんは既に21歳であり、危険を判別する能力を有するはずであるにもかかわらず、単独で難易度の高い白姑大山に登った。張さんが携帯していた食糧では一晩しか越すことができず、自身が道に迷ったと分かり、ガールフレンドに電話をした後、その場でまたは携帯電話の電波の届く場所で待機していれば、容易に救助されると分かっていたはずなのに、食糧、装備器材のいずれも不十分な状況で軽率に数百メートルの深い渓谷を這い降り、その結果、最終的に体力がなくなり、体温も下がり死亡した。このような不幸な結果は消防局の救助活動によって防げるものではない。

2.山の遭難事故に対する国の救助目的は、死傷者を減少させることであり、人が登山することにより生命・身体が損傷を受ける可能性があるリスクを完全に排除することではない。すなわち、人は行政当局に対して「登山によるリスクゼロ」の権利を有さないのである。

本事案の第一審判決は台湾の世論およびマスコミの大きな批判を受けたが、第二審判決は正反対の状況となった。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

台湾弁護士 蘇 逸修

国立台湾大学法律学科、同大学院修士課程法律学科を卒業後、台湾法務部調査局へ入局。数年間にわたり、尾行、捜索などの危険な犯罪調査の任務を経て台湾の 板橋地方検察庁において検察官の職を務める。犯罪調査課、法廷訴訟課、刑事執行課などで検事としての業務経験を積む。専門知識の提供だけではなく、情熱や サービス精神を備え顧客の立場になって考えることのできる弁護士を目指している。

本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。